「何処に出掛けようかァ……」
中也は朝食を食べながら、今日という一日をどう過ごすか考えていた。今日は休日。ひと月前は随分と忙しく、日本全国を飛び回っていた。しかし最近はすっかり敵勢力の鎮圧も終わり落ち着いてきたからなのか、今週はむしろ書類仕事のほうが多いくらいだった。だからここ最近、休日に羽根を伸ばせなかったので今日は何処かへ外出しようと決めていた。勿論休日であっても非常事態には対応する。しかしそんな心配はないだろう。恐らくは。
ひと月の間に秋はすっかり終わり、冬を迎えていた。動き回っていたせいか気温などさほど気にならなかったが、こうしてデスクワークになるとここ最近の冬らしい寒さを実感するようになっていた。エアコンも暖房に切り替え、炬燵も準備した。他に何か、準備し忘れているものはないだろうか。例えば冬用のベッドカバー。エアコンがあるとはいえ、普通の素材ではベッドに入った時にひんやりしてそれが嫌だった。だから数年前にもこもこした、毛足長めのベッドカバーを購入したのだ。買った当時はふわふわもこもこして、とても触り心地が良くて勿論あたたかくて、寒い冬でも快適な眠りへと誘ってくれた。それが何回も洗濯を繰り返すと、当初の触り心地とは程遠くなってしまった。去年あたりにそろそろ買い換えようかなと思ったがなかなか出掛ける暇もなく、結局買えず仕舞いだった。よし、ベッドカバーを買おう。あとは……そう、服だ。普段のあの格好はあくまで仕事用である。一級品だし、なんだかんだで経費で購入してもらえるので有難い。幹部になり、首領のより近くで己の力を揮えることには嬉しく光栄に思ったが、それ以外で「幹部っていいな」と思ったのは案外こういうことだったりする。執務室こそ一級品の拘り抜いた家具が揃っているのだが、中也の自宅はというとそうでもなかった。質はそれなりに良いものを選ぶが、べらぼうに高級な家具を買おうとは思わなかった。中也なりに仕事とプライベートを分けようとした結果であった。自宅は中也自身がリラックス出来て、休みの後の仕事を頑張れるような、そんな空間を目指していた。だから洋服に関しても、休日に着る服は仕事着よりも動きやすくて堅苦しくない服を選んでいた。年ごとの流行りもあるし、セーターの毛玉も出来やすくなっていたのでこれも買い替え時だ。
というわけで、中也はショッピングモールへ行くことにしたのだった。
「げっ」
「あ」
ある程度様々な冬物を買い込み、そろそろ休憩しようとカフェにでも入ろうかと思っていたところで太宰に遭遇してしまった。
「こんなところで何してやがる、手前」
「一般市民がショッピングモールに来て何が悪いのさ。それを云うなら中也の方がよっぽどだよ。中也はなんだい、少し遅い冬物の買い出しかい?」
「やっと仕事が落ち着いたンでな。今日はこうして買い物してる」
「ふぅんそっか。こうして会うのも久しぶりだし、少し世間話でもどうだい? そこのカフェで」
「俺も今休憩しようと思ってたところなんだ。いいぜ」
店に入りコーヒーとスコーンを注文し会計を済ませてから席を探す。店内は夜だったので人がまばらに居る程度だった。ふたりはゆっくりと話しが出来そうなソファの席を選んだ。
トレーをローテーブルの上に置き、ソファに荷物を置いてコートを脱いだ時だった。
「え」
太宰の驚く声が聞こえてきた。その声につられて中也も太宰の方を見やる。
「は?」
そこには、中也と同じセーターを着た太宰が立っていた。
「なんだァ太宰、俺と同じセーター着てンじゃねエよ! 今すぐ脱げ!」
「はぁ? 何云ってるの中也。脱ぐのはそっちでしょ! ていうか中也の趣味と一緒なわけ私。センス落ちぶれちゃったかな」
「手前こそ、やっと俺のセンスに追いついてきたか」
仮にもここは公衆の面前なので云い合いは程々に、ふたりはソファに腰掛けた。
「……中也、なんでこのセーター選んだのさ。なんだか普段の趣向とはちょっと違うと思うのだけれど」
「それは」
ばつが悪そうにする中也に、太宰はこう云った。
「云えない? よし、それなら分かった。私もこのセーターを買った理由を云おうじゃないか。取り敢えず同時に云ってしまおう。せーのっ」
突然の提案に、考える間もなく反射的に中也は理由を述べた。
「太宰が好きそうだったから……って、同時って云ったじゃねェか。手前騙しやがったな! 手前も教えろよ!」
「私はね、君が着たら似合いそうだなぁと思って。最初は見ていただけだったのだけれど、ショーウィンドウを通りかかる度に目についてね。気付いたら買っていたのだよ。いやはや、まさか本当に君が着ているとは思っていなかった」
「……でもこのセーター、手前がマフィアを抜けた後に発売されたものだったろ。何も云わずにマフィアを抜けた手前なんて関係ないと思いたかったけど、結局忘れられなくてな。このザマだ」
「ふふ、私もね、あれだけ君にだけはいろんな意味で執着してたからね。そんな君だったからこそお別れを云うのも憚られたんだ。お別れの言葉なんて、見つかりやしなかったよ。あと、君にはまた会えると思っていたから」
「手前が探偵社に入ったと聞いて、ギルドの奴らと戦って、あの頃みたいに手前と一緒に戦って、もう大丈夫だと思ったんだ。手前はしっかり生きてやがると分かったから。このセーターな、あの頃から毎年着てたんだぜ。着心地も良かったからな。でも何回も着て洗濯もして、流石にくたびれてきたから、もうコイツを着るのはこれっきりにしようと思ったんだ。それで、新しいセーターを探しに来たってわけだ」
「実は私も一緒さ。不本意ながらこういう時に限っては、何故か考えが合うんだよねぇ私達。じゃあさ、折角だし、また同じセーターを選びに行かないかい? 仕方ないから、今度は中也の趣味に付き合ってあげるよ」
「俺が選んだセーターを着る太宰ってのも悪くねェな。わかったよ」
「契約成立だ」
太宰がマグカップを持ち上げ中也に目線を送ると、することを理解した中也もマグカップを持ち上げた。そして直後、乾杯するかのようにカチンとカップをぶつけた。保温性に優れた分厚いマグカップでの乾杯は、ワイングラス程良い音はしなかったが重みが感じられた。飲んだコーヒーの味はブラックのはずなのに甘く感じられた。