受話器越しの声*

memo
  • 15歳の映画特典/アニメ26話~28話、ネタバレあり。
  • ぬるいですが性描写あり。

 ヨコハマにあるポートマフィアの本部で、中也は報告書を作成していた。高層ビルの上層階に割り当てられた、幹部用の執務室で作業をしている。カリカリと万年筆を走らせる音だけが、その空間に響いていた。ポートマフィアの仕事は如何にも荒事ばかりと思いがちだがそれは違う。その荒事を成す為にも綿密な準備が必要なのだ。作戦の計画は勿論、使用する武器の選定や資金の調達、どの組織と協力するか、または裏切るか。「羊」から抜けてポートマフィアに加入した今では、当時の自分がどれだけ子供だったか、酷く痛感している。子供はやはり、子供でしかなかったのだ。
 ポートマフィアに入りたての頃は、計画やそれを為すための根回しがどれだけ大切なことか知らなかった。より正確に云えば、太宰に出遭い羊の仲間に裏切られ、気付けば当時あれだけ憎かった筈のマフィアに加入することになった時から、そう思わざるを得なくなった。自ら望んでマフィアに入ったのは間違いないが、その状況を作り出したのは太宰なのだ。認めたくはないけれど。太宰の隣で任務をこなしてきて、彼奴の根回しの良さは異常だった。当時から自殺嗜好だったので隙あらば自分から死ににいこうとする。首吊りのロープを切ったり、入水して流れている彼奴を引きずりあげたりして自殺をとめていた。それが一番面倒なことで、何時間無駄にしたか最早計算出来ない。しかし任務になると一転し、太宰が立てた作戦は毎回スムーズに流れていくのだ。
 任務の後にどうしても必要な報告書の書き方なぞ、それこそ知らなかった。書類なんて一度も書いたことがなかったからだ。じっと紙を目の前に、ペンだけを握りしめていたら太宰にからかわれた。ムカっとしたが、今まで実社会で必要なあれこれを知らなかったのは事実だ。首領に提出した後であれこれ指摘されるのと、太宰に書き方を聞くのか天秤にかけた。首領は今までの境遇も知っているだろうし、教えを請えば教えてくれると思った。しかし、「こんなことも知らないのか」と思われたくないし、首領には今の自分が出来る最高の成果を報告したかった。プライドをどうにか押さえつけて、太宰に教えを請うた。太宰はまさか中也が頼んでくるとは思っておらず、一瞬きょとんとした後中也が思っていたよりもずっと丁寧に教えた。任務をこなし何度も報告書を書き、その度に添削してもらううちに中也はだんだん書き方のコツを掴んでいった。今では、部下に書き方を教える立場になっていた。
 順調に筆を進めそろそろ仕上げに入る頃、引き出しの中にしまってある携帯端末が鳴りだした。着信音ではなくバイブの設定にしてあるそれは、固い引き出しの中で振動し、矢鱈と響く。こんな時間にこんなタイミングで、しかもこの端末に掛けてくるなんて彼奴しかありえない。今度は何の用だと思いながら、中也は通話開始のボタンを押した。
「……今度は何だ? 太宰」
「ねぇ中也、仕事もうすぐ終わるでしょ。今から一緒に呑まない?」
「はぁ? 手前、また何を企んでやがる」
「別に何も。ただ唐突に中也の声が聴きたくなっただけ」
「何だ、その女を口説いてるみてェなの。てか、電話じゃ駄目なのかよ」
「君はまったくロマンというのを分かってないねぇ……。声が聴きたいとなれば生が最高に決まっているだろう? こんな機械越しじゃあ駄目だよ」
「何を考えてるかは知らねェが、分かった。あと10分位で書き終わるから、その後いつもの店に向かう」 
「ちょっと待ってよ中也」
「……何だ?」
「10分なら、そのまま電話切らないでよ」
「何故だ?」
「報告書を書く君を、聴いていたくてね」
「太宰手前、今俺が報告書書いてるって何で知ってる? まさか……」

 太宰がこの端末に電話を掛けてくることは以前にもあった。ただ、それは数ヶ月に1回程度のことだった。しかし、ギルドの奴らを倒す為に共闘した後から徐々に増えていき、今では2、3日に一度電話が掛かってくるようになった。
 そもそも、この端末は普通の境遇ではない。ある意味曰く付きなのだ。実は太宰がマフィアに在籍していた時に、太宰が使っていた端末なのだ。太宰が出奔した後も、首領が「太宰の席は残しておく」と云うものだから、当然のことながら執務室もそのままである。部屋を維持しようにも太宰は元幹部。下っ端が変に手入れをして、万が一にも組織の秘密(例えば幹部以上の立場でしか知ってはいけない情報など)を知ってしまったら葬り去らなければならない。それは組織にとって無駄な殺しである。仮令下っ端であろうと、下っ端にも下っ端の役割がある。つまり、無駄なリスクを回避するためには、幹部以上の立場の人間が太宰の部屋の手入れをする必要がある。中也はいつかは首領から命じられると思いつつ、自発的に太宰の部屋の手入れをしていた。一応は相棒だったのだから。件の端末は、ソファーの上に置いてあった。この手の端末は日常的に使い、少しでもバッテリーを消費させなければならない。長い間充電せずに放っておいて、いざ使おうと思うとバッテリー自体が駄目になり、充電すら不可能になってしまう。そうなるとバッテリー交換だの、この端末の型式だとそもそもバッテリーが生産停止になっているだの面倒なことか余計に増えてしまう。現状を維持するのが最善だと中也は考えた。相棒と云えど他人の所有物、それも連絡手段に使っていた個人情報の塊のようなモノを自室で管理するのは少々憚られたが、この際仕方ないと諦めた。そして中也は、その端末を自分の執務室の机の引き出しにしまったのだった。因みにこの引き出しは鍵付きで、鍵は中也が肌身離さず持っている。勿論スペアキーなどなく、1本のみだ。
 太宰からの電話は常に、中也が書類を書いている時に掛かってくる。それも、今夜のようにあと10分もすれば描き終わるというタイミングで。あまりにもタイミングが同じすぎて盗聴器か隠しカメラか、何か仕掛けられている気がしてならなかったので、ある日中也は自室を念入りに調べた。コンセントの中からカーペットの裏、天井や棚の裏など思いつく限り調べた。しかし、何も出てこなかった。太宰に疑念を抱きつつも、特に機密情報が漏れている訳ではなさそうだったので、太宰との妙なやり取りをそのまま続けていた。
 こうして何回も電話や居酒屋で会話をしてみて、太宰の本質は変わっていないことに中也は安心していた。ただ、居場所が変わって、それだけではあるが幾分か素敵にはきっとなれたのだろう。お互い価値観というものが全く合わず、ずっと平行線なんだろうなとお互いがそれを知っていた。知っているからこそぶつかり合えた。もし、交わる時があるなら、片方の、もしくは互いの何かが劇的に変わってしまったということなのだろう。
 太宰が抜けてからの4年は「仕事が捗るなァ」くらいにしか中也は思わなかった。太宰の人生は太宰のものであり、自ら進んでマフィアを出て行ったのであればそれで良いと思った。しかし、年月を経て探偵社員としての太宰と出逢い、電話が掛かってくるようになり、また別の立場で太宰と向き合ってみると、もう一度太宰の隣に立ちたくなっていた。最初は声が聞けるだけで満足だった。たとえ内容がただの愚痴だったとしても。彼奴がとりあえずでも日々を生きているのなら、それで良かった。しかしそれにだんだん満足出来なくなり、酒を一緒に呑むようになった。それでも飽きたらず、気付けば一線を越えてしまっていた。今では共に任務をする機会なんてないのだから、お互いの熱を効率的に、効果的に感じることが出来る手段だった。太宰は「声が聴きたい」と云ったが、酒を呑んだ後はおそらくホテルか、中也の自宅にでも行くのだろう。中也はあまり気のない素振りをしてはいても、本当の気持ちを太宰は分かっているし、太宰がどうしたいかが中也には分かっているからこそ、今のこの、絶妙なバランスの関係が成り立っているのだ。そしてお互いが今、一緒に居たいと思っているという事に、変わりはないのだ。


「中也……」
 中也が書類を仕上げ、いつもの店に行き酒を軽く呑んでからふたりは中也の部屋に向かった。ドアを閉めるなり、待ちきれないとばかりに太宰は中也を抱き締めた。ほろ酔いだからではなく、これはいつものことだ。中也は大人しく抱擁を受け入れる。
「……風呂、入るぞ」
 店に寄った後なのでいつもより太宰から他人のニオイがする。中也はそれが嫌だった。どうせ抱き締めあうなら、太宰だけを感じていたいのだ。太宰も特に反対せず、ふたりは風呂場に向かった。
 脱衣所で服を脱ぐ。最初の頃は恥ずかしさもあったが、回数を重ねた今となってはその感情も薄れつつあった。中也の部屋の風呂場は少し広めで、男ふたりが一緒に入っても狭くない広さだ。ボディソープを濡らしたボディタオルにつけ、泡立て、お互いの躰を洗っていく。他人のニオイが消え、お互いの匂いが一緒になっていく。髪の毛も同じように洗い、泡を流してバスタオルで水分をふき取った。濡れたままでは風邪をひくし寒いので、髪の毛も乾かした。
 裸のまま手を繋ぎ、中也は太宰を寝室まで導いた。そして、今度は中也が太宰を抱き締めた。先程とは違い、他人のニオイはしない。むしろボディソープのおかげで同じ匂いがする。その奥に確かに太宰の匂いを感じて、中也は漸く安心することが出来た。太宰も中也の背に腕を回した。隙間がなくなるほどぴったりと密着し、互いの存在を確かめるように抱き締めあった。
 暫くそのまま抱きあっていた。太宰の手が中也の背中をスッと撫で上げ、そして肩甲骨の辺りからじっとりとした手付きで骨盤まで撫でた。太宰の手はそのまま中也の双丘に辿り着き割れ目をなぞりあげた。
「……ッ」
「ねぇ中也、もしかして期待してくれていたの? ここ、もうこんなにトロトロにしちゃって。準備してくれたの……?」
 太宰が中也の後孔をくるりとなぞる。
「だって手前、ヤりたかったんだろ? 『声が聴きたい』ってのはそういう意味でもあったんだろ?」
「……なんで、そういうことは分かっちゃうのかなぁ」
「それは、手前が『太宰治』だからだよ。あれだけ一緒に居たらなァ、俺だって手前の声色とか態度見て、分かっちまうんだよ。どんなに知りたくないことでもな」
「それなら中也は私とセックスするの、嫌かい?」
「いくら手前でも、俺が本気で嫌がったらシないだろ……」
「不思議なものだよね、お互い大嫌いな筈なのに。中也なんて居なくたって大丈夫だと思ってた。最初は清々してたんだよ。なのに」
「なァ、そんな話は後にしようぜ」
「なぁに? 私の犬のクセに我慢出来ないの? いや、犬だからこそ我慢出来ないのか」
「手前だってホントは余裕ねェクセに、何云ってやがる。準備は出来てンだ、さっさと寄越せ」
「もう何なの? 飼い主の云うことも聞けないの? 分かったよ、望み通り抱いてあげる。でも、ゆっくり時間を掛けて、ね」
「なっ……!」
「だって、折角君との逢瀬なんだ。長く熱を分け合っていたいじゃないか。それは中也も一緒だろう?」
 その問い掛けを、中也は否定することが出来なかった。


「ぁ……んっ」

 ふたりは抱き合ったままの体勢だった。太宰の指が、中也の後孔の浅い所を攻める。中也が自ら解していただけあり、そこは既に柔らかくなっていた。緩い刺激でもゆっくり時間を掛ければ、情欲を確実に煽っていく。指を2本、3本と増やしていく度に、太宰の指が内壁を擦る度に、中也はふるりと震え、太宰にしがみついた。中也が感じる度性器が躰に擦れて、その刺激さえも快楽に変わる。
「こんなところでこんなに感じちゃうんだね。もっと深くしたら、というか私の挿れたらどうなっちゃうの……?」
「お、俺だって……なぁ、手前に逢いたかったし、手前を感じたいンだよ、太宰。今の関係は、手前の意思だけで成り立ってるモンじゃ、ないんだぜ……あァっ」
 太宰の指の挿入がいきなり深くなり、中也は思わず背中を反らせた。
「それは分かってる。けれど嗚呼、君の口から実際に聞くと、想像以上に……刺激が強かった。躰も心も歓喜しているんだ。ねぇ、これをどうしてくれるんだい?」
「躰はもっと深く、繋がれるだろ。確かに、緩い刺激でも感じるようになっちまった。手前だから。多分、このまま指でも充分気持ちイイし、イけちまうと思う。手前とだから。でも、俺は、太宰が欲しい。それが今一番、熱を感じることが出来るからだ。太宰と俺が生きてるって感じることが出来る手段だ。だから」
「……そんなこと云われたら、もう止められなくなっちゃうじゃない、ばか中也」
 太宰は中也に挿入していた指を抜き、中也を寝台に押し倒した。一人用にしては少し大きいベッドのスプリングがギシりと鳴った。互いの視線が交わる。
「あァそうだよ。たまにはゆっくりもいいかもしれないが、今はいいんだよそういうのは。手前を全部、受け止めてやるから来いよ。俺もそれに、応えてやるから。何度でも太宰を、くれよ」
 中也が太宰の頬に右手を添えながら云う。スリ、と親指で頬を慈しむ。それを合図に、どちらともなくゆっくりと口付けた。啄むように何度か口付けた後、中也は太宰の唇をペロリと舐めた。するとうっすらと誘うように唇が開き、その隙間に中也は舌を差し込んだ。普段の態度とは裏腹に、太宰の咥内は熱かった。そのギャップが中也にはたまらなかった。中也の好きなように太宰の咥内を味わう。その熱をもっと感じたくて、思わず太宰の後頭部に手を回した。
 太宰は暫く中也の好きにさせていた。そろそろ主導権を取り返そうと思い、舌が舌に触れた瞬間、じゅっと中也の舌を吸ってやった。ビクりと中也の躰が跳ねた。軽くイってしまったらしい。そのまま舌を絡めながら今度は中也の咥内をゆっくりと優しく触れてやる。中也は痛みには強い。しかし、優しくされることに慣れていないらしい。初めて躰を繋げた時、初めてだからこそ太宰なりに色々と気を遣ったのだが、「そんなに優しくするな」と云われてしまった。その時の照れたような表情が忘れられなくて、非道くすることが出来なくなってしまった。中也が感じている時、後頭部に回された手に力が入るからとても分かりやすい。もっと、と云われているようだし太宰自身も中也がもっと欲しいと思っている。一瞬唇を離し、再び中也に口付ける。今度は唾液をたっぷり含ませ、唇を合わせた。中也は太宰の唾液をこくりと飲み込んだ。中也も負けじと太宰に唾液を送る。絡み合う舌と唾液で、互いの境界が薄くなっていくのを感じる。
 互いの熱が同じくらいになると、ふたりは漸く唇を離した。口許は互いの唾液でぐちゃぐちゃだ。つっと銀糸が伝い、ぷつりと切れた。


「じゃあ中也……、挿れるね」
 先刻から時間が経ってしまったので念のため指を奥まで挿れてみたが、中也のナカはむしろ解れきっていた。傷付けないようにゆっくりと指を引き抜いた瞬間、中也の後孔がきゅんと収縮したのが分かった。
「んっ……だざい、はやく」
 欲に濡れ、とろんとした瞳で見つめられれば、我慢できる筈がなかった。脚を開かせ内腿に口付け跡を残す。そして中也の後孔に己をあてがい、ゆっくりと腰を進める。解れているとはいえ性急に事を済ませたくはなかった。媚肉が太宰の形に合わせて絡みついてくる。時々労るように口付けてやると内壁が収縮したのを感じた。なんて分かりやすいんだろうか。挿入する途中、体内が広げられていく感覚すら気持ち良く感じているだろうに、中也は声が漏れ出ないよう我慢していた。それが気に食わなくて、太宰は挿入をピタリと止めた。
「ねぇ、私は『声が聴きたい』と云ったはずだけれど? 君、今すごく感じてるでしょ。躰は正直だもの。それくらい分かるよ。声を我慢するくらいなら、ちゃんと私にも聴かせて」
「……嫌いな奴の、喘ぎ声なんて聴きたいのかと思ったんだ。嫌いなのに、俺自身は太宰が欲しくて堪らない。傍に居て欲しいし、離れたくない。存在を確かめずにはいられない。なのに、手前のことはやっぱり、嫌いなんだよ」
「うん、そうだね。それはよく分かるし、私も同じ気持ちさ。君のことなんて嫌いさ。マフィアを出た時に、全て棄てたつもりでいた。でも、君だけは棄てられなかったみたいだ。私だって中也が欲しい。中也の躰も心も、その声も、全部頂戴?」
「太宰がそう云うなら呉れてやる。想ってることが同じなら、それでいい。ただし、俺は安くないぜ?」
「まぁ、私の犬なんだし安くはないよね。面倒は勿論みるし、躾もしてあげる。最期までね。私を満たしてよ、中也。私も中也を満たしてあげるから」
 すると太宰は腰を一度引き、陰茎を中也の後孔の入り口まで戻した。引き抜かれる感覚に、中也の「誰が手前の犬だ!」という科白は声に出されず飲み込まれた。
「今度もゆっくり挿れてあげるから、声聴かせてよね?」
 亀頭をひたりと中也の後孔に押し当て、再びゆっくりと挿入していく。
「……ふっ、ん……だざい」
「うん。気持ちいい?」
「ん……、だざいでおれのナカが、いっぱいになっていくんだ。それがいきてる証拠みたいで、きもちいい、んだ。あ……んっ、だざい、も、奥まで……や、イき、そう」
「ちゅうやのナカは、とっても狭くて熱くてね。君と繋がっていると、私にまでその熱が移っていく気がするんだ。それで、冷えていた心が少し暖かくなった気がして、私は生きてるなぁと実感するのだよ。だからきっとこんなに、お互いを手放せないのだね。ちゅうや、イっていいよ」
 太宰は優しい声音で云った。中也の奥に達した楔を軽く打ちつけると、中也は嬌声をあげながら白濁を零した。絶頂を迎えうねる内壁の締め付け具合を心地良く感じながら太宰は中也の背に腕を回し持ち上げ、自身の膝の上に乗せた。
「あァ……っ!」
 自重で繋がりが深くなり、中也は思わず声を上げた。
「ごめんね。でも、繋がりを一番感じられる体位なんだよこれが。顔も見れるし、抱き締められるし、声も耳許で聴けて、繋がりは一番自然な状態で深くなるから。私達にぴったりなんだよ」
 そう云うと、落ち着かせるようにふんわりと太宰は中也を抱き締めた。中也も太宰の背に腕を回した。また暫く、ふたりはそのまま抱き合っていた。
「……君のナカをぐちゃぐちゃにしてる時も好いんだけれど、こうして繋がった時もゆっくりと中也を感じることが出来て好いなと思うよ」
「そうだな。おれも、そう思う。……でも、そろそろ動いて、ほしい」
「君がそう云うなんて、珍しいね」
「今夜の手前が、ねちねちしてるからだろ」
「こういうのも偶には佳いだろう?」
「……それは、認めてやる」
「じゃあ、いつもよりもゆっくり動くから、いっぱい感じよう。ね?」
 ゆるゆると太宰が律動を開始する。太宰の動きに合わせて、中也の口から嬌声が漏れる。しかし、いつもより勢いがない分中也の最奥は満たされなかった。そこで中也は、自ら太宰を求めて腰を振った。ぱちゅぱちゅと肉同士がぶつかり合う音が一層大きくなった。これでやっと、最奥にも太宰が届くようになった。快楽が脳内を駆け抜けて、太宰と繋がっていることが生を感じさせる。
「ちゅうやも動いてくれるんだ? ふふ、気持ちよさそうだね。わたしもきもちいい……。わたしたち、いきてる、ね」
 いつもよりゆったりした快楽を味わいながら、その夜は更けていった。


 朝になり中也が目を覚ますと、太宰に正面から抱きすくめられていた。あれから、結局お互いの精魂が尽きるまで目合った。中也の方が先に意識を飛ばした自覚があるが、そんなに時間が経たないうちに太宰も意識を失ったのだと思う。いつもなら中也が先に意識を飛ばしても後処理がしてあるのに、今回は後孔に異物感を感じていた。まだ太宰が挿入ったままなのだ。文字通り一晩中、太宰と繋がっていたのだ。中也にとって驚きだったのはそれに思いのほか、幸せを感じてしまったことだった。
 最近は逢う頻度も増えていたが、まるで夢うつつを体感しているかのようだった。だから、現実に戻る時が一番辛かった。最初は何事もなかったように別れていたが、回数を重ねるうちに気付けば口付けを強請っていた。離したくなくて、それでも離れなくてはいけなくて、やっとの思いで別れるのだ。そして、太宰からの電話を今か今かと焦がれて待つ。それが最近のルーティーンだった。
 中也は太宰の胸元に唇を寄せ、きつく吸い付いた。綺麗な赤い華が咲いた。すると、突然ギュッと抱き締められた。太宰が起きたのだ。
「……おはよう、中也。朝から情熱的だね。あ、そういえば後処理出来なくてごめんね。今からしてあげるよ」
「嫌だ。だざいと……離れたく、ない」
 自分ではそんなつもりがなかったのに、中也の視界はどんどんぼやけていき、雫が瞳から零れ落ちるのが分かった。
「中也が泣くほど、私と離れたくないんだね。私も今まで素直になれなかっただけで、本当は君を、離したくないよ。今日は日曜日だから、もう少しゆっくりしようか。後処理はしないと君が辛くなるだけだから、もう少ししたらしよう」
 そのままお互いの温もりを感じて微睡みながら、中也はぼんやりと件の電話を思い出した。全てのきっかけを作った、この電話。
「なぁ太宰、あの電話自体が盗聴器だったんだろ?」
「なぁんだ、気付いちゃったのか。一応ね、あれ自体が奪われる可能性も考えて、そういう仕様にしたのさ。私がマフィアを抜けたら、てっきり破壊されるのだと思っていたよ。ある日、気になって試しに盗聴できるか試してみたんだよ。まさか今でも使える状態だとは思っていなかった。」
「なんで、俺の執務室だと分かったんだ?」
「中也さぁ、机の下の鍵付きの引き出しにしまったでしょ? 案外、万年筆を走らせる音が聞こえてくるんだよねぇ。君のことはよく知ってるよ。だって、報告書の書き方教えたの私だもの。最初に日付とか任務の番号とか、分かりきったところを書く。それで暫く頭の中でこねくり回して、内容を書き始める。君は案外マメで、言葉遣いを気にするからたまに辞書を捲る音が聞こえてくるし。集中してくると段々力が入ってきて、最後の方なんて紙が破れないか心配だったよ。で、最後の報告者名の欄は最後の文章を書いた勢いで、結構ざっと書くよね。君だって、すぐにわかったよ。それでなんだかあの頃が懐かしくなっちゃって。暫くは君が書類を書く音を、楽しんでたわけさ。それでね、この端末が君の部屋にあるということは、この端末を維持してくれているということは、まだ私のことを、それなりに思ってくれているのだなと思った。それが分かったら急に君の声が聴きたくなって、電話を掛けてみたわけさ。まさか出てくれるだなんて思ってなかったけど。それが全ての、始まりさ。回数を重ねる毎に、君と一緒にいたくなるなんて思ってなかったなぁ。離れるのがこんなに苦しいなら、ある意味マフィアに居た方が良かったのかもしれない。でも、それが出来ないと、その選択肢は有り得ないと、君も私も分かっているから、今こんなにも苦しいんだよね」
「俺は、手前が探偵社員になったことが嫌ってわけではねェ。太宰の人生なんだからな。あの頃みたいに任務で一緒になるだなんてことも、この先殆どないだろうよ。手前は探偵社に居ればいいし、俺はポートマフィアで在り続ける。だからせめて今くらい、一緒に居させろよ」
「……それが今の私達にとっての最適解、だものね」

 そしてふたりは幸せな微睡みに、うつらうつらと身を任せるのだった。

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