ふたりぼっち

「チッ、太宰、こりゃどうなってやがる?」
 とある任務の最中だった。夥しい数の敵に囲まれながら、中也はインカムの向こう側の相手に悪態をついた。
「どうなったも何も。追い詰められた、ということではないかな?」
 インカム越しに、楽しそうな声で相棒の返答が返ってくる。
「作戦練ったのは何処のどいつだっけなァ」
「ふふ、私、だけど」
「オイ手前、どうせ近くに居るんだろ。早く出てきやがれ」
「そんなの嫌だよ。銃で撃たれたら痛いし」
「死にてェんじゃなかったのかよ」
「痛いのは嫌なの。運良く急所に中って即死なんてこと、運に嫌われている私には出来ないみたいだし。そんなことより中也」
「あ?」
「こんな数じゃあ、流石の君でも普通に闘うことは出来まい。私は、アレを使うことをオススメするよ」
「……汚濁、か。」
「そ。どうせ殲滅するんだし。ここ敷地も広いからね、暴れまわっても大丈夫でしょ」
「仕方ねェ。殲滅させたらすぐに解除しろよ?クソ太宰」
「勿論だよ相棒。私はいつだって、君を見守っているんだからね」
 太宰がそう云い終えた瞬間、プツリとインカムが消えた。

 その後、戦場に到着した太宰が目撃したのはまるでこの世とは思えない光景だった。普通、人と人とが戦って死んだとすれば死体が残る。中也が夥しい数の人と戦い、中也が生きているとすれば、そこには敵の死体の山が出来上がっている筈なのだ。しかし、中也が汚濁形態の時はそうはいかない。重力の化身たる彼に殺されれば、死ではなく消滅がもたらされるのだ。ブラックホールに何もかも全て、飲まれて消えていくのだ。方々から撃ち放たれた数々の弾丸はあっという間に消え、撃った敵達もなす術なく消滅していく。母なる重力を前に何も出来ずに命を散らして――否、生きていた証を残すことも、足掻くことも赦されずに消えていく。なんて壮絶な光景だろう、と太宰は観る度に思う。何もかも消えていくのだからいっそ、清々しささえ感じてしまう。

 ――この中で死ねたら、なんて素敵なのだろうか!

 死体さえ残らない。生きた証でさえ無意味になり果てる。己自身の単なる消滅。この世界から、最初から存在しなかったように消えることが出来る。苦しまずに死ねる。太宰も今の今、あっけなく消えていく敵達と同じように消えることは出来まいかと思い戦場の渦中に歩みを進める。銃撃の音、敵の阿鼻叫喚、飛び散る血潮。生まれては消え、また生まれては消えを繰り返す最中。重力子弾は太宰の躰に触れた途端、何もなかったかのように消えていった。嗚呼、やっぱり今回も駄目だったかと太宰は絶望に似た感覚を毎回感じてしまう。自身の能力が人間失格であるが故に、あくまで異能力の範疇を越えられない中也の異能では太宰を殺すことが出来なかった。それが分かっていても、こんな光景を毎回見せつけられて死のうとしないのは無理だった。毎回一縷の希望を抱いてしまうほどに、この能力に殺されたかった。

 やがて、太宰が中也のもとに辿り着く頃には敵は全て殲滅されていた。理性を完全に失っている中也の高笑いが静寂に響き渡る。中也に云ったらきっと怒られるだろうが、太宰は敵を殲滅した後の、この少しの猶予が好きだった。もしかしたら死ねるかもしれない。死への希望、あるいは生への絶望を一番間近で感じることが出来るからだ。この瞬間だけは、中也とふたりぼっちなのだ。誰にも、何にも邪魔出来ない。この空間の中で存在することを赦された――赦されてしまった唯独りの、ワタシ。ほんの僅かな時間を永遠のように感じながら、太宰は名残惜しげに永遠と別れる心の準備をした。毎回、この時間が過ぎ去っていくことが惜しくて堪らないのだ。だから、この愛おしい時間が一瞬であろうと、心の準備が必要なのだ。心に決めたら、それが揺らがないうちに中也のもっと近くへ歩みを進める。正面からゆっくり、ゆっくりと距離を詰めていき、ガバリとその矮躯を抱き締めた。
「ちゅうや、もう、終わったよ」
 そっと耳許に囁き、彼の躰を支えながら閉じられた瞳を覗き込む。太宰に絶望も希望も見せる重力の化身――彼にとってのカミサマは、暫くしてゆっくりとその瞳を開いた。今回も無事、ニンゲンに堕ちてきたらしい。
「テメェ……またすぐに解除、しなかった、だろ」
 やはり身体に負担が大きいのだろう。息も絶え絶えに中也は云った。
「だって、中也とふたりぼっちの時間を味わいたいんだもの」
「しょうがない、みたいに云うんじゃ、ねェ……」
「ねぇ、もう少しこのままでいたいのだけれど」
「……仕方、ねェなぁ。……ん、でもおれ、もう、身体に力が……入らねぇ」
「いいよ、私が支えるから。私がしたいからそうするだけだよ。いつも通り部屋まで運んであげるし、寝てもいいよ」
「わかった。……それじゃ、よろしく、頼むぜ……だざい」
  そう云い終わった途端、中也は意識を手放した。
 これからもう少しだけ、ふたりぼっちを楽しもう。太宰は中也を大切そうに抱き締め、唇をそっと落として微笑んだ。

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