ねえ、見惚れた?*

「ねぇ、中也って、私に見惚れてるよね?」

 その問いは行為の最中、唐突に吐き出された。中也の躰全体を、太宰の手がくまなく愛撫している。まだ弱い刺激の中、くすぐったそうにしながら中也は云った。
「はぁ? どういうことだ、そりゃ」
「何? もしかして君、何の自覚もないの?」
「そんなに俺、手前を見てたか?」
「だって、セックスしてる時の君、とても蕩けた顔して私を見つめてくれるんだよ?」
「それはっ、ン……っ、セックスしてるから、じゃなくて……?」
 身体を這っていた太宰の手は、知らぬ間に胸の突起を触り始めていた。
「うーん、なんか、違う気がするんだよねぇ。セックスが気持ちよくないわけでもないしね、そんな表情だし。それに、今も、もうこんなに……」
 太宰はうっとりと目を細めながら、既に勃ち上がり蜜を零している中也の陰茎を見つめた。その視線を受けて、中也はふるりと震えた。太宰は再び考え込みながら、ぷっくりと膨れた胸の突起を愛撫した。
「ンっ、も、余計なこと考えずに……抱けよ……っ」
 二人が躰を重ねるのは、これが初めてではない。中也にしてみれば、最初は戦闘後の熱の昂りを吐き出したかっただけだった。1番身近で、手っ取り早くて、おまけに貌も好い。それが太宰だった。大嫌いなのは間違いなかったが、その時はそんなことどうでもいいと思えるくらいに、熱は溜まっていた。その衝動に身を任せ、太宰に「抱いてくれ」だなんて云ってしまったのだ。今となってはあんな、凡そあり得ないことを口走ったにも関わらず、太宰がすんなり中也を抱いている事実に驚きを隠せない。太宰も中也のことは、大嫌いな筈なのだ。1度きりならまだ、嫌がらせで済んだかもしれない。しかし、気付けば両の手では足りない数になっていた。任務が終わる度、太宰と中也は躰を重ねるようになっていた。習慣とは恐ろしいものだ。太宰がマフィアを出奔した後も、今日のように中也が太宰を誘えば太宰はそれを当然かのように受け容れた。それどころか太宰の所謂「空白の2年間」でさえ、彼らは密かに逢瀬を重ねていたのだ。太宰は中也にだけ分かる手掛かりを、敢えて残してマフィアを去っていった。中也は今までの成り行きをぼんやりと思い出しながら、何故太宰に「抱かれたい」などと思ったのか考え始めた。

「……君の方こそ、何考えてるの?こっち見てよ。誘ったの、君なんだからね」
 余程物思いに耽っていたらしい。既に中也の後孔には3本程指が挿入されていた。中也は太宰に視線を合わせると、太宰の瞳にほんの少しの怒りと嫉妬と、劣情が混じっていることに気付き、安心感を覚えた。あの太宰もそういう目をするんだなと思うと、他ならぬ自分自身がそうさせているのだと思うと、中也は何とも満たされた感覚に陥るのだ。途端に後孔がきゅんと締まるのが分かった。指を馴染ませるかのようにゆっくりと抜き差しされ、段々と快楽に染まっていくのが分かった。
「ちゅうや、気持ちいい、ね」
 太宰がまた、やさしくうっとりとした目で中也を見つめる。
「んあっ……、や、そこ、ん……っ」
 弱い所を攻められながら、中也は喘ぐ。
「……分かった、よ。君はね、多分、私に視姦されるのが好きなんだと思うよ。さっきもほら、きゅって締まったんだ。わかる?」
 中也は快楽にまみれた頭で考えた。太宰に見られるのが、好き? 思ってみれば、任務の後に熱が昂るのは、太宰と一緒に組むようになってからだった。戦闘が得意な中也は最前線で動くことが多く、逆に太宰は参謀兼後方支援の役割をすることが多かった。太宰からどこかねっとりとしたような視線を感じるようになったのはいつからだっただろうか。視線を感じた時に、たまたま振り返ってチラリと太宰の表情を見た時がある。一瞬ではあったがあの恍惚な表情を見た時、躰がどうしようもなくゾワゾワとしたのを覚えている。忘れられなかった。それほどにその表情はうつくしくて、また何度でも見たいと中也に思わせる程だった。恐らくそれからだ。太宰に見られると意識する度、あの眸、あの視線、あの表情をさせたいと思ってしまうのだ。生死にも関わる任務の途中で、太宰の表情を確認出来る程の余裕はなかった。そして次第に確認出来ない不安に襲われ、欲望は降り積もっていった。溜まりに溜まった欲望を溜められなくなった時が、太宰と躰を繋げた初めての日だった。ローションをたっぷり纏わせた指でも、後孔に挿れた時は痛かった。ましてやホンモノを挿れた時は……。しかし、行為の最中に太宰があの表情をしたのだ。丁度、痛みに耐えながら太宰を全てこの身に収めたところだった。至近距離で見つめあった時、あの双眸で見られゾクゾクと快感が走った。1度きりだと思っていたのに、一度きりに出来なくなった瞬間だった。回数を重ねるうちに、躰の中を掻き回されることに痛みがなくなり、快楽の比率が多くなっていった。今ではすっかり快楽の虜――否、太宰の虜になっていた。
「わ……わかっ、た……から、だ、ざい」
 涙声になりながら、中也は云った。

――――その眸でおれを、みて。

「そう、その貌だよ。その表情、その視線……」
 太宰は中也の後孔からゆっくりと指を引き抜いた。

――――あぁ、わたしのちゅうや。

 そして、代わりに太宰自身を宛てがわれた。太宰はひくつく後孔にその形を覚えさせるように、じっくりと腰を進めていく。
「君のぜんぶ、見ていてあげる。だからちゅうやも、わたしを見ていて?」
 中也の頬に手を添え、視線を合わせる。その表情を見せつけながら、更に奥へ入る。中也の瞳の奥底をじぃと見つめながら、やがて最奥へ到達した。トントン、と奥に軽く打ち付け、存在を主張する。そして、こう云い放った。

「見てるから……。ちゅうや、見てるからっ、……イって」

「アァ……ああァ、アぁ……っ!」
 すると中也は一際大きく喘ぎ、太宰をきつく締め付けた。あまりのうつくしさに恐怖すら感じ、全身の肌が粟立つ。快楽の波に溺れながら、震える手で太宰の頬に手を添えた。太宰はその手を片手で包み込み、妖艶に恍惚に、そして蠱惑的に微笑んだ。絶頂の最中に中也の後孔がまたもや締まり、瞳がぐらりと揺れた。

「やっぱり、ねぇ、見惚れた?」

 その眸はずっと合わせたまま、互いに逸らすことが出来なかった。

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