祝杯

memo

2021年ちゅや誕。大遅刻しましたが、誕生日おめでとうございます。
お話の時系列は「祝われなかった誕生日」の前です。

 今日は誕生日だった。仕事仲間からプレゼントをたんまりもらって、両手に大きな袋を下げながら俺は帰路についていた。マフィアが自分の居場所になるなんて、入った当初は思いもしなかった。あんな仕打ちをされてもなお、羊の奴らは俺が一方的に守りたかった。太宰とマフィアに入る取引をしたのは本当にそれだけの理由だった。それからも俺は、たくさんの仲間を喪った。しかし、月日が経って幹部になる頃にはたくさんの仲間がまた出来ていた。物騒な世界に生きる身だ。仲間なんていつ死ぬか分からない。自分さえも。だから俺は、すべてを背負って歩くと決めた。死んだ仲間も、今生きている仲間も。
 幹部になってから、誕生日のプレゼントを貰う数が増えた。気遣わせないようにと軽めのお菓子から、俺がワイン好きだと知って贈ってくれた珍しいワインまで。袋いっぱいにプレゼントが入っていると思うと、組織にちゃんと自分が居る実感が湧く。プレゼントを贈りたいと思うほど、それなりに親しみを持ってくれていることが分かって嬉しい。プレゼントはやっぱり値段ではなくて気持ちだと思う。
 ぼんやりとこんなことを考えながら愛車を運転していると、自宅にたどり着いていた。家の鍵を持った後、トランクに入れたプレゼントが入った袋を取り出す。そして玄関ドアを解錠した。戸締まりは勿論しているし電気も消して外出しているため、玄関は真っ暗だ。職業柄、いつ狙われるか分からないので帰宅した時も警戒を怠らない。何か変わった所はないか、不審な気配はないか、靴を脱ぐ前に確認する。異常がないと判断し、やっと玄関に上がった。
 リビングへのドアを開けると真っ暗闇の中に人影が現れた。警戒しつつ目を凝らして見つめる。闇に溶け込んだ人影は、どうやら太宰治のようだった。知った人物とまずは安心して、ドアのすぐ近くにある照明のスイッチを押した。パッと部屋が明るくなり、太宰の姿と共にリボンが掛けられたワインボトルが現れた。
「ねぇ、ちょっとはびっくりした? ちゃんと下駄箱に靴をしまったから、気付かなかったでしょう?」
「おう、手前が靴を下駄箱にしまうなんて珍しいからな」
「えー、そっち?」
 太宰は不満そうな顔をしたがすぐに表情を変え、穏やかに微笑んだ。
「誕生日おめでとう、中也」
 あぁ今年も、祝ってもらえたか。世界一「誕生日おめでとう」が似合わない男から、この言葉を毎年俺は受け取っている。とても滑稽なことだと思う。
「ありがと」
 プレゼントが入った袋を床に置き、ソファーに座っている太宰の方へ向かう。太宰の膝の上に乗り上げ、細い体を抱き締めた。
「私、今年も生きて、君の誕生日を祝えたよ」
 此奴の趣味は自殺。天に見放されたのか何なのか、何度自殺しようとしても一向に死ねない。そもそも「死にたいけど苦しむのは嫌だ」と云って、手首を切るだとか首を吊るとか、そういう如何にもな手段は試さないのだ。もし試したとしても、運良く(太宰にとっては悪いだろうが)他人に発見されそうな気がさえしてしまうから厄介だ。
「安心、した」
 いつ自殺が成功してしまうかなんて、俺に予想出来るわけがない。誕生日だからこそ、太宰が変な気を起こしてプレゼントが太宰の死体だってことも存分に有り得る話だ。だからこうして生身で触れ合える距離に太宰が居ることで、俺は安堵する。比較的一緒に居る時間が長い奴だ。今まで何人も仲間を喪ってきた。ヒトの命は、本当に儚い。命の重さなんてまるで零であるかのように、灯火が消える時は一瞬だった。太宰は自らその灯火を消そうとするから、余計に心配だ。要するに俺は、他の仲間を喪ってもなお生きている太宰を喪うのが怖い。嫌がらせばかりしてくるし、性格もひん曲がった野郎ということに間違いはないし、大嫌いなのに。俺の隣に、死にたいはずなのに死なずに居てくれる太宰のことは愛しいんだ。
「やっぱり『心配かけてごめん』とは云えないや。ごめんね」
 そんなことは分かっている。抱き返された腕に、いつも以上に力が入っていた。彼奴だって、迷いながら生きてる。そこに太宰の思いを感じることが出来たから充分だ。
 腕を緩めて顔を見合わせると、太宰の顔が近づいてきた。存在を確かめるように、丁寧に口付けられる。ゆっくりと合わさる唇。太宰とキスするのは好きだ。セックスより手軽で、なおかつ薄い皮膚越しに太宰を感じることが出来るから。唇で触れると、体温が低い太宰の熱を余すことなく受け取れる気がした。
 唇が離れると、太宰がローテーブルに手を伸ばしてワインボトルを手に取った。
「これ、今年のワイン」
 太宰は毎年、俺にワインを贈ってくる。それも、生まれ年のワインを。産地も毎年同じだ。言わずもがな、年ごとに味は変化していく。俺が生きる度、年を重ねるごとにワインにも深みが増していく。もし、この先何十年も生きて太宰もまだ隣に居るとしたら。その時はどんな味になっているんだろうか。もしかしたら入手困難になっているかもしれない。
「飲むのは明日かい?」
「あぁ、そうだな」
 太宰が贈ってくれたワインは、毎年喪った仲間と飲むことにしている。つまり、飲む場所は墓場だ。一緒に太宰も連れて行って、俺が生きている報告と、ついでに太宰も生きている報告をするんだ。太宰は最初こそ「私に何の関係があるんだい」と抵抗していたものの、諦めたのか近年は素直についてきてくれるようになった。いやだって、マフィアを離反した後の仲間は関係ないかもしれないが、その前は太宰も仲間だったろ。だから俺は太宰を連れて行く。
「最初はワインの味も分からなかったのになぁ」
「まァ、そうだな」
 太宰が酒を嗜み始めた年の俺の誕生日に、太宰は初めて俺にワインを贈った。最初は完全に嫌がらせだった。「ワインの味も分からないのかい? 中也はお子様だね、身長と同じで!」と云われたっけ。酒を飲んだことがなかった俺は、太宰に先を越されたと思って大いにムカついた。それから酒を飲むようになったのだ。もらったワインを飲んでみたものの、正直な話美味しいだなんて思えなかった。味をしめたのか、太宰はそれから俺の誕生日にワインを贈ってくるようになった。酒を飲み続けるうちに自分の好みも分かってきて、酒の種類もワインが好きだと思い始めた頃、太宰がマフィアを離反した。その年の誕生日は、満面の笑みでワインを受け取れると思ったのに。
 その後、探偵社に太宰が居ると分かり、ギルドと戦ってからはまたワインが贈られるようになった。再会して初めての誕生日には、贈ってこなかった年分のワインも追加でもらった。
「なぁ、太宰」
「なんだい?」
「なんで、嫌がらせになってないのにワインをくれるんだ?」
「お礼、と云ったところかな」
「お礼?」
「君は私の誕生日に毎年手紙くれるじゃない。それは嫌がらせじゃないでしょ。だから」
 俺は毎年、太宰の誕生日に「ハッピーバースデイ」とだけ書いた手紙を渡している。お礼をしてくれるなんて珍しいから、そう云われると嬉しい。
「あとは君が誕生日を言い訳に、少しくらい甘えられると思って。気付いてないかもしれないけど、中也から抱きついてくるなんて今日くらいだよ」
 もっと甘えてもいいんだよ、と太宰は云って俺を抱き締めた。
「……太宰を喪うのが、こわい」
「うん、分かってる。だからね、中也。いい方法を思いついたんだけど」
「なんだ?」
「私達、付き合おうよ。一緒に居る時間が長くなれれば、少しくらい安心できると思うんだ」
 俺は一瞬、訳が分からなくなった。この言葉がやけに現実味を帯びているのは、太宰が今まで見たことないくらいに真剣な眼差しだったからだ。
「ほ、本気か? 手前……。俺たち、云わば犬猿の仲なんだぞ?!」
「『嫌い』の定義から見直さなきゃ駄目。思ったより嫌いじゃないかもしれないよ?」
「そんなの、考えるまでもないだろ」
「え~、そうかなぁ。だってさっき私達、キスしたじゃない。あと、セックスもするでしょ」
 とてつもなく、嫌な予感がした。言葉の応酬で俺が太宰に勝てた試しがない。
「そ、それはだな、単なる性欲処理で」
「ふーん、君はそう思ってるわけ。じゃあ、大嫌いな私と、君は体を重ねるの」
「無理矢理手前が組み敷くからだろ」
「君はマフィア随一の体術遣いだ。その君が、こんな細い男に無抵抗で抱かれているの? 君は、私に抱かれたくて抱かれてる。そうではないの?」
 馬鹿野郎、全部云うなよ。ここが2人だけの空間で良かった。他人に見せられたモンじゃねェ。あぁもう、完敗だ。理詰めモードに入った太宰に、俺が勝てるわけない。
「……そう、だよ」
 恥ずかしさを嚙みしめながら、俺は言葉を絞りだした。
「あとはね、中也。私から誕生日プレゼントを貰って、どう感じた?」
「嬉しかった」
 これも本心だった。俺は此奴から貰うプレゼントが、毎年楽しみだった。一日の終わりに渡してくるので、その日は早く時間が過ぎないかと思っていた。
「大嫌いな奴からプレゼントを貰って、嬉しく感じると思う?」
「……そんなこと、思えねぇ」
「もう一度聞くけど中也、付き合ってよ。私と」
 完全に、論破されてしまった。引き返すにも、もう時すでに遅し。逃がしてもらえなさそうだ。答えはもう、ひとつしか残されていない。いつもそうだ。これは、腹をくくるしかない。
「分かった。太宰と付き合う」
「よし! 今から中也は私の恋人ね。飾ってあるボトル、ちゃんと分かるようにしておいてね。目出度いんだから」
 太宰から貰ったワインは飲み切った後、コルクとボトルを飾ることにしている。贈り物なんて滅多にしない太宰が唯一毎年くれるプレゼントだから。どうしようか、今年は何か目印でもつけよう。確かに、こんなことをしてしまうくらいには、太宰のことを嫌いではないのかもしれない。
 そして俺たちは顔を見合わせ、どちらともなく唇を合わせた。

――墓場で報告することが、増えちまったな。

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