web企画、「#太中の隣に役所建ててもくっつかないからとりあえず式場建てました」参加作品。書いていて無茶苦茶楽しかったです!ありがとうございました!!
モブ視点です。
俺は1年程前にオープンした、イタリアンレストランのしがない店員だ。店はパスタやピザのデリバリーもしている。デリバリーサービスは店長が「地元の人に愛される店にしたい」と、御近所さん向けに始めた。なかなか好評で、よく行く家も増えてきた。オープン当初からアルバイトしている俺としては、嬉しい限りだ。今日はピザを配達するため、ここに来た。初めて行く場所だった。配達先が表示されている端末で住所を確認すると、ここで間違いないようだ。それにしてもデカいマンションだな。高級そうなマンションなのに、庶民的な宅配ピザを頼む人って居るのか。ま、好みは人それぞれだよな。多忙すぎて家から出られないのかもしれないし。配達用のバイクを降り、俺は配達先のインターホンを鳴らした。暫くすると、家主と思しき人が応答した。
「はい?」
「ピザの宅配に参りました。中原様のご自宅でよろしいでしょうか」
暫く間があり、インターホン越しに声が聞こえてくる。
「おいクソ野郎、何頼んでやがる?」
「何って、お腹空いたからピザを頼んだんだよ。君の家、今何もないじゃない」
何でもいいですけど、間違ってないなら早くピザを受け取って欲しい。折角作ったのに冷めてしまうし。
「勝手に頼むなって云ってるだろ」
「ほらほら、配達員さん困ってるし受け取ってよ」
家族か友人か分からないけれどその人の云う通りだ。
「チッ、後で代金払ってもらうかんな? 待たせたな、今開ける」
エントランスの扉が開いた。さて、何号室だろう。端末を再び見て俺はびっくりした。最上階だったのか! こんなどデカイマンションの最上階かぁ。俺にとっては夢みたいに思える。一生働いたって、こんな所には住めないだろう。それにしても、声は若そうだったな。株で儲けてるとか? 社長の息子さんとか? いっそ社長なのかも。これから対面する客のことを、あれこれ考えながら俺はエレベーターに乗り込んだ。
ドアの前に着いたので、念の為表札を確認する。確かに「中原」になっている。大丈夫だ。そしてインターホンを鳴らした。いつもならドタバタ足音が聞こえるのに、高級だからなのか足音が全く聞こえてこない。本当に出てくるのか? と不安になったが、その時ガチャリとドアが開いた。
「お待たせいたしました。こちら、お品物です」
出て来た家主は想像以上に「普通」だった。髪は少し赤み掛かった明るい茶色。背丈は、平均の俺より低い。服装は上下ともに動きやすそうなスウェットだった。
「こちらこそ、待たせて悪かったな。お代は?」
え、そんなこと云ってくれるんだ。もしやこの人、いい人なのでは?
「いえいえ、とんでもございません。マルゲリータのLサイズで、3880円です」
「おう。って、彼奴Lサイズ頼みやがったのか! Sでも『食べきれない』って寄越してきやがるのに。嫌がらせか? いやスマン、独り言だ」
俺にそんなこと云われましても困ります、お客様。でも、それは単に貴方と分け合いたかっただけかもしれませんよ。知らないけど。
「お支払いは現金かカードか、どちらにされますか?」
「あぁ、現金で頼む」
中原さんは4千円を差し出した。代金を受け取り、釣り銭を出そうとする。
「釣りは要らねぇ。待たせちまったし迷惑料だ。ちょっとだけどな」
ニカっと笑って中原さんは云った。は? え? こんな人、本当に居るんだ。かっこいい。俺、こんなこと云われたの初めてだぞ。受け取るか迷ったが、少額だしありがたく受け取ることにした。帰りにコンビニに寄って、店長にドリンクでも差し入れするか。
「では有り難くいただきます。もし気に入っていただけたら、また注文よろしくお願いします!」
とびきりの営業スマイルで、俺は中原さんの部屋を後にした。こういうお客様なら、いつでも大歓迎だ。
次に中原さんの部屋にデリバリーしたのは、約2ヶ月後だった。夜遅く、営業時間ギリギリに頼んできた。今回の注文はリゾット。まだしっかり温かい品物を持って、部屋のインターホンを鳴らす。
「リゾットをお届けに参りました」
暫く待つと、中原さんが出て来た。あれ、ちょっと疲れてるのかな。何となく、元気がないように見えた。
「ありがと。この前のピザ、うまかったぜ」
「ありがとうございます。また注文していただけて、嬉しいです。これ、リゾットです。お代はどうされますか?」
「今回も現金で。あ、近々、忙しくなると思うぜ。うちの会社のお嬢がな、ピザパーティーを開きたいって云ってて。俺が取り仕切ってるんだけど、アンタの所に決めたから。発注たくさんかけるから、覚悟しとけよ」
お嬢? ピザパーティー? 会社って云ってたな。ご令嬢のお付きの人でもやってるんだろうか。やっぱり、俺なんかとは住んでる世界が違うんだな、この人は。
「そうなんですか? 有り難い限りです。店長に伝えておきたいので、日にちと、ざっと数を教えていただけますか」
「2ヶ月後、数はまぁ、百くらいだな。出来そうか?」
うわぁ、大々的なパーティーなんだな。それにしてもこんな数、下準備しておかないと無理じゃないか。あとは材料も。そうか、それを見越して2ヶ月前に。変に無茶云ってくるお客さんはたまにいるけど、こう、発注先のことまで考えてくれるお客さんって貴重だよな、ほんとに。それなら俺も、なんとかしたいと思えるし。
「僕としてはそのお話、勿論受けたいんですけど、店長に確認させてもらえますか」
「勿論だ。頼んだぜ。悪いが後もうひとつ、頼みたことがある」
「はい、何でしょう?」
「明日の昼でいいから、同じリゾットをこの住所に届けてくれねぇか。お代は今俺が払う」
メモを見ると、アパートと思しき住所が書かれていた。宛名は太宰。誰だろう、友人なのかな。
「あぁ、全然大丈夫ですよ。予約ということで承ります。この住所なら配達圏内ですし」
「此奴はこの前アンタが来てくれた時に居た、クソ野郎だ。このリゾットも、実は彼奴が頼んでやがったんだぜ。彼奴、俺が忙しい時を見計らって勝手に注文しやがるんだ。メシ食ってる暇なんかねぇのによ。あ、安心しろよ。作ってもらったモンはちゃんと食べるから。食材と手間暇は無駄にしたくねぇ」
そうだったのか、あの人が太宰さんだったのか。中原さん、ピザパーティーの準備で忙しいのかなぁ。だから疲れてるとか。まぁ、こんな所に住んでるなら何となく忙しそうだし。というか多分それ、中原さんが忙しくて食べないから食べさそうとしてるんじゃないですか。知らないけど。何だ、太宰さんもなかなかいい人なのでは? 中原さん、律儀にお返しするんだなぁ。クソ野郎なんて呼ぶくせに。
その後代金のやり取りをして、俺は店に帰った。翌日太宰さんの部屋にリゾットを届け、2ヶ月後にはピザパーティーのピザを無事に届けた。
更に2ヶ月後、中原さんから注文が入った。今回はMサイズで、2種類の味が楽しめるタイプだ。定番のマルゲリータと、アンチョビが乗っているピザ。酒のツマミに良いと思う。
マンションに着き、まずはエントランスでインターホンを鳴らした。
「ピザをお届けに参りました」
「いいよ、入ってきて」
あれ、この声、太宰さんじゃないか。一緒に飲んでるのかな。
そしていつも通り最上階に着き、再びインターホンを鳴らす。ふと表札を見て、俺は驚いた。
表札には、中原の隣に太宰が並んでいたのだ。
あー、ついにシェアし始めたんだな。太宰さん、中原さんのこと、多分心配なんだろうな。中原さん、すごくいい人だけど無理しちゃうっぽいし。ドアから出て来た太宰さんを見て、俺はそう思った。