シアワセなシュンカン

memo

twitterのフォロワーさんにリクエスト頂いたので書きました。
「太宰さんが告白した後日の二人の過ごし方」がリクエスト内容になります。
妄想しながら楽しんで書くことができました。ありがとうございました!

 ――それは、ある晴れた日のことだった。真っ青な空とぷかぷか浮かぶ入道雲。さんさんと照りつける太陽の光。あァ今日は、きっと良い日になる。そう思った。姐さんに少々おつかいを頼まれて、今は停戦中の探偵社へ赴いた。ドアノブに手を掛け開ける。
「ドーモ。邪魔するぜ」
「あ、素敵帽子君じゃあないか。今日もおつかいかい?」
 今日は探偵一人か。他の奴らは仕事で出払っているのだろう。
「そうだ。これ、姐さんから鏡花に。あと、手土産だ」
「もう別に気を遣わなくたっていいのにー。でも有難くいただくよ。このお菓子、美味しいからね」
 最初こそ、マフィアの幹部ともなる俺がいきなり探偵社にやって来るなんて驚かれたし警戒もされた。しかし、ここ最近姐さんのおつかいの頻度が増えて、俺の来訪は探偵社にとってもささやかな日常になりつつあった。停戦してからというもの、敵対していないことを口実に姐さんが鏡花に世話をやき始めた。鏡花に似合いそうな着物を見つける度に姐さんが購入し、それを俺が届けている。直接渡せばいいのにと云ったのだが、どうやらそれはできないらしい。
「素敵帽子君、ちょっと休憩していきなよ。ほら、そこに座って。僕はお茶を淹れてくるから。……これから頑張ってね、お幸せに」
 最後に妙なことを云われたがツッコむ前に探偵は出て行った。

 そのままポカンとしていると入口のドアが開いた。ドアの方を見ると、太宰が帰ってきたところだった。俺が居ることに気が付くと、太宰はこちらに向かってきた。
「やぁ中也。今日もおつかいで?」
「あァそうだ」
「……あのね、これから私、大事なことを伝えようと思うのだけれどいいかい?」
「は?藪から棒になんだよ」
「私はどうやら、君のことがずっと好きだったみたいだ。恋人に、なってほしい」
「は?」
 太宰が、俺のことを、好き? 恋人? こいびと、コイビト、鯉人……、恋人? 意味がわからない。というか、あの女好きな太宰が? 俺を? ぶっちゃけありえない。
「私が自分の気持ちに気が付くのにこれだけ掛かったんだ。すぐに理解できないのも無理ないよ。あのね、兎にも角にも君のことが好きなんだ」
「……」
「すき」
「……」
「好き」
「……、……」
「好き、だ」
「……お、おう」
「うん。分かってきた? ……すきだよ」
「……? わ、わから、ねェ。いきなり、そんなこと云われても」
 頭が痛くなってきた。気持ちを整理できず頭もついていかず、心の中はぐしゃぐしゃになっていた。
「うーんそうだよねぇ……。じゃあ、とりあえず、お付き合いしてみようよ」
「付き合うだァ? 俺と、手前と? 正気か? 今までのことを、思い出してみろよ」
 やっとのことで声を振り絞ったが、驚きのあまり半分震えていた。
「ん~、付き合ってくれないと私、困っちゃうなぁ」
 と云ってぴろっと見せてきたのは俺が小さい頃の写真。それも、女装した姿の。付き合ってくれないとばら撒くぞということらしい。
「っ手前、結局脅すのかよ!!」
「違うもん。中也が、仕方なくでも私に付き合う口実を作ってあげたんだよ。中也もきっと、いや絶対に、私を好きになるよ」
「なんでこうも自信があるんだ。手前は?」
「だって相棒だもの。そうでしょ? 私の予言は当たる。君が一番知ってると思うけど」

 そういうことで、俺は太宰と付き合うことになった。

 お互い仕事場が違う関係でそんなに会えないし会わないだろうと思っていたが、その予想は裏切られた。ポートマフィアは夜の支配者。故に、仕事が終わるのは早くても22時頃。下手をすれば朝帰りなんてこともある。そんな事情なぞ、太宰が知らないはずがない。そうだというのに、付き合い始めてから太宰は欠かさず迎えに来てくれる。そもそも付き合っていること自体が半信半疑だったのだが、こういうことをされると現実を直視せざるを得ない。予定を教えているわけでもない。奴がどうやって情報を掴んでいるのか俺には見当がつかないが(きっと首領絡みなのだろう)、拠点を出てすぐの所で待っていてくれるのだ。いつも「おかえり」と云ってくれる。最初は今まで散々嫌いあっていた奴に向かってのうのうと「ただいま」だなんて云えなかった。でも、いつも俺を迎えに来てくれて「おかえり」と云ってくれる奴に対して、無視し続けるなんてことが俺には出来なかった。始めはぎこちなかったと思う。だけど今は少しだけ、自分にも馴染んできたと思う。
 挨拶が済んだら、太宰は俺を家まで送ってくれる。「女子じゃあるめェし、別に送ってくれなくてもいいぞ?」と云ってみたが、「私が中也と話したいだけだから、いいの」と返されてしまった。お互い連絡先は交換している(というか以前から知っている)が、メールや電話をするかと云ったらしないのだった。するとしても必要最低限だけ。そこは変わらなかった。だからこそ太宰は話す機会が欲しくてそうしているのだろう。俺の家に着くまでの道中は、お互いの仕事のこととか、ヨコハマの未来だとか、今日食べたランチが美味かったとか、色々だった。

 そうしてそのまま2ヶ月程過ぎた。太宰が迎えに来て一緒に帰ることがすっかり習慣になっていた。この頃になると、俺は自分から仕事の終わる時間を教えるようになっていた。ほらだって、やっぱり、それなりに尽くしてもらっているのに失礼なことは出来ないだろ。といっても、手すら繋いだことがない。家まで送り届けてもらっても、太宰はすんなり帰っていく。何もせずに。あれほど俺に対して嫌がらせをしてきたのに、付き合いだした途端ピタリとなくなった。冗談を云うことはあっても、明らかに嫌がらせの言葉を浴びせられることもなくなった。なんだか太宰が、とてもやさしいのだ。慈しむように俺を見詰め、名前を呼ぶ声はどことなく甘い。他の女性に対しても、こんな風に扱ってきたのだろうか。少しだけ嫉妬している気がする。こんな太宰、俺は、今まで知らなかった。

 付き合い始めて3ヶ月過ぎた。12月に入り、いよいよ寒くなってきた。仕事が終わり、拠点を出るといつものように太宰がいた。太宰は手が冷たいのかはぁっと息を吹きかけ、そのまま外套のポケットへ手を突っ込んだ。
「おかえり、中也」
「…ただいま。最近、めっきり寒くなったよな」
「そうだね。なかなか布団から出られなくて困ってるよ」
「ちゃんと仕事は行ってるんだろうなァ?」
「え、なに、疑ってるの?大丈夫だよ、ちゃんと行ってる。君と付き合いだしてからは、仕方なく今日中の仕事を今日中に終わらせてるよ。そんなに信用出来ない?」
「……だって、いつもいつも俺の所に迎えにくるじゃねぇか。あんだけサボるのが得意だったのに、仕事もして、俺の相手もして……。なかなか信じられるモンじゃねェぜ」
「それだけ中也に対して本気だってことだよ。好きなの」
「……本気、か」
 すると太宰はポケットから両手を出し、俺の左手をキュッと包み込んだ。
「そう。本気、だよ」
 太宰の手は思った通り冷たいらしく、それは手袋越しでも分かった。ひんやりとした手に熱を奪われる。その冷たい手を何故だかあたためたくなって、離れようとする太宰の右手を流れのまま掴み、ぶらんと2人の間にさせた。
「中也、」
「勘違いするなよ。手前の手が、冷たくて少しだけ気になった。それだけだ。帰るぞ」
 熱は奪われていくが、だんだん太宰の体温に近づいていく気分は悪くなかった。3ヶ月してやっと、俺たちは手を繋いだのだった。

 初めて手を繋いでから約3週間後、クリスマス・イヴがやってきた。太宰は無理に関係を進めようとはしてこない。俺は、太宰のことだから無理やりにでも関係を進めてくるかと思っていたから、これは想定外だった。手のはやい太宰がここまで待ってくれている。今でも変わらず仕事終わりには迎えにきてくれるし、既成事実がここまで揃って漸く太宰が「本気」だということを実感していた。俺も何かそれに応えたい思いがあった。
 明日、クリスマスに恋人らしくデートをする約束をした。お互い有給を取ることができたから、ゆっくり過ごせると思う。いつもは仕事着でしか顔を合わせないが、明日は私服で会うことになる。だから今は服を選んでいる最中だ。太宰が俺のセンスをまるで認めようとしないのは知っている。あとは、男同士のデートに何を着ればいいか単純に分からない。だから迷っているのだ。奴と俺の趣味が完全に合わないことを知った上で、まだマシな選択をしたいのだ。あわよくば気に入ってくれればいいとも思っている。いつもと違った服装を求め、洋服タンスを漁った。散々引っ掻き回して、周りが洋服だらけになっていった。すると、タートルネックのリブ編みセーターとグレンチェックのズボンが出てきた。これにチェスターコートを羽織ればいいか。帽子はニットのものにしよう。チョーカーはしていないし帽子もいつもとは違うけれど、たまにはいいかと思った。散らかった部屋を片付けて、寝坊しないように早めに床に就いた。

 翌朝、寝坊せずに無事起きることが出来た。朝食を食べ、昨日決めた服に袖を通し集合場所に向かった。今日は水族館でも遊園地でも映画でもなく、ただ単純に、ショッピングセンターをぶらぶらしようということだった。いつもは一人で赴くショッピングセンターに、今日はふたりで買い物をする。不思議な気分だ。しかも共にするのが趣味の合わない太宰だとは。ショッピングセンターの最寄り駅に着いた。ここが集合場所だ。あたりを見回すと、蓬髪に長身を見つけた。もう着いていたらしい。
「はよ。待ったか?」
「ううん、待ってないよ。さっき着いたばっかりだった。じゃ、行こうか」
 太宰に手を引かれる。手を繋いで以来、「手に触れる・繋ぐ」と云う行為が太宰の中で許容範囲に登録されたらしく、割と躊躇なく握ってくるようになった。本当に失礼なことだが、俺は太宰がもっと早くに手をだしてくるだろうと本気で思っていた。だから、もうとっくに手を繋ぐのも、キスする瞬間も、実はもっと先のことだって想像出来ていたりするのだ。想像上の俺はそれらの所謂恋人らしい行為をきちんと受け止めることが出来た。触れられるのはどうやら大丈夫なようだ。最近主に触れ合うのは手だが(それもほぼ手袋越し)、もっと触れてやってもいいのかなと思うようになってきた。冷たい奴の手を、あたためてやりたい。
 やさしい、やさしすぎる太宰と付き合い始めてやっと、分かったことがある。昨夜、ベッドに寝転がりながら散々考えた結果だ。太宰は本気で俺のことを好きでいてくれることと、俺も太宰のことが好きということだ。毎日いがみ合っていた時はきっと、本能でしかお互いを捉えていなかった。思うまま感情をぶつけるし、あちらだってぶつけてくる。それはいつしか仕事上での「信頼感」に繋がっていた。太宰のマフィア離反でその信頼は一旦リセットされたものの、ギルドの奴らを倒す為に太宰と共闘したとき、肌で「信頼」を感じた。まだ相棒でいられると思ったのだ。そして、やさしくされて初めて本能の先にある自分の思いに気が付くことができた。喧嘩してしまうのが本能だとしたら、太宰との恋は理性だ。この形でしか、俺たちはきっと、真正面から向き合えないのだろうと感じている。太宰からは逃げたくない。目を逸らさず、向き合っていたい。それが俺にとっての「好き」であると思うのだ。そんなことを思うのは、太宰以外に存在しない。
  ……この際正直に云おう、今はキスだってしたいしそれ以上のことだってしたい。好きだとわかったら、気持ちが抑えられなくなった。想像だけでは物足りない。奴に触れたい。でも、太宰は俺になかなか触れてこない。何処で心を入れ替えたかは知らないが、奴だって本当は、俺に触れたいはずなんだ。
 そんなことを思いながら、太宰に手を引かれショッピングモールに辿り着いた。地図を取りに行くなんてことはせずに、1階から適当に周っていくことにした。趣味が合わなければ興味のある店も違う。いつもなら入らないような店にどんどん入った。興味がなかった店も、入ってみると案外「これならいいかも」と思える商品があった。店を開拓するのはなかなかに楽しい。選択肢がすっかり増えてしまった。洋服店に入っても、アクセサリーの店に入っても、靴の店でも太宰と意見が一致することはなかった。「これどうだ?」と選んだ品を太宰に見せると「それはありえない。こっちだよ」と云われる。どの店でもだ。互いの趣味は平行線のまま、交わることがなかった。
 因みに、今日の太宰の服装はいつも通りかと思いきや違った。ベージュのコーデュロイのパンツにいつもよりほんの少しカジュアルそうなシャツ、ネイビーのVネックセーターにネイビーのダッフルコートだった。靴は濃いブラウンで、いつものループタイはしていないようだ。
「そういえば中也、今日はチョーカーしてないしいつもの帽子でもないね」
「別にいいだろ、俺だっていつもと違う時があるんだよ」
「君のことだから、私のために迷ってくれたんでしょう?」
「手前はちょっと自惚れすぎなんじゃねェの」
「否定はしないんだね」
「分かってンなら、それ以上云うな」
「今日の服装がいつもより好みだと感じたら、そう伝えずにはいられないよ。だって、普段は全然私の趣味じゃないもの」
「……そうかよ」
「あとね、誤解しないでほしい、確かに中也の服選びのセンスは私には理解できない。だけど、だけどね、その服装が似合ってないだなんて一言も云ったつもりはないよ。君が選んだ服は、君によく合っていると思う。今の服も、いつもの服も似合ってるよ」
 云われた言葉があまりにも意外で、返す言葉が思い浮かばなかった。もっと酷評されるかと思っていた。太宰がそんなことを思っているなんて。ただの相棒の時はそんなことすら云われないだろうし、多分俺が殴りかかってると思う。恋人という関係だからこそ、こういう態度もできるんだとだんだん分かってきた。太宰の妙なやさしさは、きっと恋人という関係の時しか現れないのだろう。俺たちはどうやら本当に、こういう関係でないと真正面から向かい合うことが出来ないらしい。それを太宰は知っていて、俺に恋人になってくれと云ったのだ。相棒の時だって、喧嘩は絶えなかったがいくつも任務をこなしてきた。だから正直、仲が悪くても、今までの関係のままで困るようなことにはならないはずなのだ。それなのに太宰は俺に告白してきた。それはつまり本当に唯々、俺のことが好きなだけなのだ。自分の方こそ自惚れているのかもしれないが、太宰には俺の考えることなどお見通しだろう。この結論に至ることも、分かっているはずだ。本当に癪ではあるが、太宰の見立て通りに動くしかない。そうしないとお互い進むことができない。新たな関係に。

 ひとしきりショッピングモールを楽しんだら夜になっていた。そういえば、夕飯をどうするかは決めていなかった。何処か良いレストランにでも行くのだろうか。
「なァ、夕飯はどうするんだ。どっか食べに行くのか? それとも予約してあったりするのか?」
「あれ、云ってなかったっけ。中也の家だよ」
「聞いてねーよ、んなモン…。出前でもとるのか??」
「ううん。そんなわけないじゃない。中也が作るの」
「俺が作る? そういうことは先に云っとけよ」
「だって、普通に頼んでも了承してくれないかなと思って。だからねじ込んでみた」
「そういうことをするから手前は……。俺は、普通に頼まれる分には構わないぜ。ただ、手前がマフィアに居た頃は、勝手にワイン開けたり帰ってきたら何故か手前が居座ったりするのが嫌だっただけだ。ちゃっかりメシまで食っていきやがって。ちゃんとアポ取れよ」
「アポ取ればまた忍び込んでもいいの?」
「そういうことじゃねェ! 夕飯ナシにされてェか!」
「えー、それは嫌だなぁ……。だって中也のご飯美味しいし。また食べたくなっちゃったんだよねぇ」 
「……俺たち、恋人なんだろ?だったら、ちゃんと頼めよ。悪いようにはしねェから」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「……じゃあ、今夜は、中也が作ったシチューが食べたい」
「いいぜ、作ってやるよ」

 スーパーで食材を買い、帰路についた。買った服と食材で両手が塞がる。久しぶりに他人に料理を振る舞うことになり、少々張り切りすぎてしまったようだ。食材はあれよあれよと増えていった。
「中也、結構買ったね」
「そうだな、これはちょっと……、買い過ぎたか」
「半分持ってあげる。その代わり……」
 と云うと太宰は手を差し出してきた。手を繋いで帰るということらしい。素直に手を差し出す。
「違う、こっち」
 普通に手を繋いだのだが、違っていたようだ。するりと手を組み直される。指と指の間に指を絡めて……そう、恋人繋ぎという奴だ。太宰はふっと笑った。
「やっと君の手に直接、触れることができた」
「今日は手袋してねェからな。……手前の手はやっぱり冷てェ」
「中也の手は、相変わらずあったかいね」
 歩きながら、俺は決心した。嗚呼もう、抑えられない。自然と繋いだ手に力がこもる。
「太宰、好きだ」
 太宰の顔が、ぱぁっと明るくなる。
「やっと、分かってくれたんだね」
「昨日の夜、ずっと考えてた。手前が何故、俺にこんなにやさしくできるのか。答えは恋人っていう関係だからってのと、……俺のことを好きだから」
「ふふ、そうだよ。よく考えたね。私ね、気付いたんだ。好きだからこそ、いじめたかったんだって」
「それがマフィア時代、俺に嫌がらせしてた理由ってわけか?」
「うーん、中也の反応が面白くてやってたつもりだったけど、違ったみたい。マフィアを抜けてから初めて、傍らに君がいないことを寂しいと思った。だから決めたんだ。探偵社に入って落ち着いたら、君との関係を見直そうって」
「それで、その関係が恋人だったのか?」
「そうだよ。普通の友人ってのも考えはしたんだけど、何かそれは違うなって思っていてね。相棒は相棒なのだけれど、私はもうマフィアを抜けてしまったし。それで色々考えていたら君のことが好きという結論に辿り着いたんだ。君の隣は譲れないっていうのはいかにも相棒らしいと思うけれど、私は、もう君のことを離したくないんだ。それはちょっと、相棒の範疇を超えている気がしてね。それでこの想いはきっと、恋だと思ったんだ。恋は盲目と云うからね、きっと、喧嘩ばかりしていた私たちでも向き合えると思って、君に告白することにしたのさ。中也、」
「なんだ?」
「本当に両想いになれたなら、もう我慢しなくていいよね? 私、さっきからずっと君を抱き締めたくて抱き締めたくて仕方ないのだけれど。手は塞がってるし、ここ一応外だからね」
「やっぱり手前、我慢してたのか」
「当たり前でしょう? 恋っていうのは一方的じゃ意味ないんだよ。お互い想いあってこそだ」
「数多の女を泣かせてきた手前がそう云うかァ?」
「だ・か・ら、中也は本気だって云ってるじゃないか」
「案外、ロマンチストなんだな」
「そーだよ。中也の方こそ、告白するシチュエーションとかすごく考えそうだと思ったんだけどなぁ。そろそろかなとは思ってたけど、まさか道端で告白されるなんてね。せめて家に帰ってからだと思った」
「あのな、俺だって昨日気持ちを漸く整理してな、好きだってわかったんだよ。分かってしまえば、もう我慢できなかった。ショッピングモール見てる時もなんだか落ち着かなかったぜ」
「たまには趣味の合わない私と買い物もいいでしょ?」
「あぁ。たまにはな」
「今度はペアルックにしない?」
「は?なんだそれお断りだ!」
「じゃあ、部屋着でいいから。お揃いの着てみようよ」
「部屋着なら……まぁ……」
「よかったー! 実はね、昨日ネットで注文しちゃってたんだよね、2人分。今日告白されなかったら妄想用にしようと思ってたんだけど、もう大丈夫だから解禁♪」
「手前、何サラッと恐ろしいこと云ってんだよ」

 自宅であるマンションが見えてくると、心なしか足早になった気がする。お互い待ちきれないのだろう。エレベーターの中でも、ソワソワした気持ちで落ち着かなかった。そうして部屋の前に辿り着き、鍵を差し込み解錠する。ドアを開け太宰を招き入れる。先に太宰を通したが、太宰は荷物を置くとすぐ俺に抱き付こうとしたから牽制する。靴を脱がせ、俺も脱ぎ、玄関に上がり、荷物を置いてやっと準備オーケーだ。腕を広げると、太宰がぎゅうっと抱き締めてきた。今の太宰からは血の匂いも薬莢の匂いも、硝煙の匂いもしない。今生きている場所の差を思い知らされる。奴はもう、マフィアではないのだ。ふと、太宰がマフィアを離れた時のことが脳裏に浮かんだ。太宰は、俺に何も云わずに去って行った。相棒の俺にすら、何も云わずに去って行った。嫌がらせをされることも無くなり清々したのも確かだったが、少しばかり清々しすぎていた。爆弾を車に仕掛けられたことだって、直感であいつだと分かった。いつもなら怒りが先行するはずなのに、その時は嫌な空しさだけが残った。気を紛らわすようにペトリュスを開けた。酒に酔って、全て忘れようとした。無理だった。
 そして、基準がすっかり太宰になっていたことに気が付いた。太宰ならこういう作戦立案をする、太宰ならこういう駆け引きをする、太宰ならこの武器で挑む、太宰なら……。思ったより傷は深かったのだ。自分を基準にするには、1年近く掛かったのではないか。それでもその奥には太宰の姿がまだあって、ふとしたきっかけで出てくるのだ。今はその想いと少なからず共存できている状態で、「奴はこうするだろうけれど俺はこうする」と思えるようになっていた。
 
「太宰、今まで、寂しかった」
 気付けばぽろりと口から転がり出ていた。もう、あの時とは立場も状況も違う。今だからこそ伝えられる言葉だった。
「君も、寂しかったんだね。……そっか。一緒だね」
「手前が居ない日常は、とても平和だった。思ってもないくらいに。それならばいっそのこと、忘れようとした」
「うん」
「結局、忘れきることは無理だった。俺はいつまでも、手前のことを忘れられない。手前が居なくなって、独りになって、ちゃんと生きなければと思った。幹部になって部下も増えて、俺も強くなったと思うけど、俺の心の一部はまだあの頃にあるンだ」
「だったら一緒に、過去から抜け出そう。また一緒に、隣で過ごそう。あの時の私では云えなかった。今だからこそ君に、中也に伝えるよ」
 お互い視線がぶつかったと思うと、右手を組むように絡めとられた。太宰の右手が腰に添えられると、太宰の顔が迫ってきた。顔が近づいてくるのはとてもスローモーションに見えた。いよいよ唇が触れそうになり、やっと目を瞑った。直後、柔らかい唇が押し当てられた。触れていたのは数秒だけだった。ほろりと内包していた涙が頬を伝った。

 ――やっと訪れた、シアワセなシュンカンだった。

 その後、太宰がそっと涙を拭ってくれた。そのまま暫く抱き合って、お互い気が済んだら夕飯作りに取り掛かった。久しぶりに太宰と一緒に食べたシチューは、独りで食べていた頃より随分と美味しく感じた。これが隣に、太宰が居るということか。食べ終えた食器を洗いながら俺は早速実感していた。グっと近づいた距離に、少しの冗談に、ほんのり薫る甘さ。これが、コイビトという関係か。付き合い始めてから今までは一方的に太宰にやさしくされていたのだが、いざそれを受け止めてみるとこそばゆい気持ちになった。
「はぁー、そろそろ帰らなきゃ。明日も仕事だ…。あぁサボりたい」
「明日もキリキリ働けよ。サボるんじゃねェぞ。探偵社にもきっと手前に苦労してる奴が居る。そいつには同情するぜ」
「もうちょっとやさしくしてくれてもいいんじゃないかなぁ」
「仕方ねェから車で社員寮まで送ってやるよ」
「え、なに、中也がそんなことしてくれるの? 精一杯のデレ? ほんと?」
「人の好意をなんだと思ってやがる。乗せていかねェぞ。……手前にはいつも送ってもらってるからな」
「ほんとうにデレじゃんそれ。ありがとう」
「俺の気が変わらないうちに行くぞ」
 そして、財布と車のキーと家の鍵を持って家を出た。

「わぁ、中也の車だ! 爆破して以来乗ってないけど……、何? もしかして修理したの? というか修理できたの?」
「ンなわけねーだろ。あん時のは手前の所為で綺麗に爆破されたンだ。そりゃ探したさ、同じ型式の同じ車を」
「うわー、それはご苦労様だったね。私、車のことはよく知らないけど、中也のあの車なら探すのとっても苦労するだろうってことだけは分かるよ。ほんとよく探したよ」
「手前なァ、自分の所為だってわかって云ってるのか?」
「…また爆破しようかなぁ」
「おい」
「もしあの頃に拘ってるだけなら……ね。もうそんな思いはさせないから。てっきり車種ごと変えてるかと思ったんだ」
「そんなつもりでこの車には乗ってねェ。ただ単純に、デザインが好きなだけだ」
「そう。それならいいけど」

 会話をしながら20分程走ると、社員寮に到着した。
「中也、今日はありがとう。好い夜になったよ。また明日、迎えに行くから」
「……太宰、これやる。クリスマスプレゼントだ」
 俺は、軽くラッピングされた小箱を渡した。
「え、何これ」
「開けてみろよ」
 太宰はリボンを解いて箱を開けた。
「これ、もしかして……?」
「そう、俺の家の合鍵」
 箱の中には、リボンが結ばれた鍵が入っていた。
「いいの? 早速こんなのもらっちゃって」
「この関係になれば、手前のことだからどうせ家に不法侵入してくるだろ。先手必勝って奴だ。悪用はするなよ。あと、勝手にワインは開けるなよ」
 実の所、鍵は告白しようがしまいが渡そうと思っていた。これを渡せば多からず少なからず変化があるだろうと思って。
「ふふ、綺麗にラッピングまでしちゃって。時間なかったろうに……。これでアポも要らないわけだ?」
「そうなるな。いいか、失くすんじゃねェぞ」
「わかってるって。入水しても失くさないように首にでも下げておこうかなぁ」
「それ失くしたらもうやらないからな!」
「うん。大丈夫大丈夫。中也、ほんとうにありがとう。じゃあね」
「おう。またな」
 太宰は幸せそうな顔をして去って行った。

 後日、仕事から帰り、ダイニングに行くとテーブルの上にラッピングされた袋が置いてあった。太宰が置いたに違いない。きっと合鍵のお返しなのだろう。リボンを解いて中身を出してみると香水が入っていた。これは何の香りだろうと思ってシュッと吹きかけてみる。甘い香りがした。これは確か、クチナシの香りだ。……そうか、クチナシか。自然と笑みがこぼれる。後で太宰が来たら、お礼を云おう。
 中也はキッチンへ向かった。夕飯を作るためだ。それは勿論、2人分である。甘い香りがダイニングにふわりと残った。

 ――シアワセなシュンカンは、こうしてふたりの間に刻まれていくのだった。

目次