15.エピローグ

 太宰がここに来てから1年過ぎた。太宰がこれからもここに居ることが嬉しくて、太宰の部屋の家具をついたくさん買ってしまった。彼奴は客間を殆ど使っていなかったというのに。炬燵まで購入してしまったが、実は炬燵に入ってみたかったので良しとしよう。昨日、太宰が作った「とってもあったかい寝床」で寝てしまったわけだが、案の定あたたかすぎて、目が覚めたのにこの寝床から出たくなくなっている。今日は元旦で、昨年と同じようにいつもより手間をかけた料理を作りたいのに。太宰がこれからもここに居ることになったから、もてなしたい気持ちは何なら昨年より大きい。
「だざいの、ばか……」
「あったかい寝床で眠れたんだからいいじゃない。体も痛くないでしょ?」
 太宰も起きたらしい。太宰の配慮のおかげで体は痛くない。
「やっぱり出れねぇじゃねぇか」
「たまにはゴロゴロしようよ。大体、中也はいつも頑張りすぎなの」
「俺はまた、手前に雑煮とかを早く食べさせてやりたいんだよ」
「それは知ってるよ。でも、昨日の疲れはちゃんととらなくちゃ。寝落ちしたくせに」
 太宰が云うことは尤もだった。太宰に看病されて以来、「休む」ことを以前よりは意識するようになったものの、まだまだ気持ちが前のめりになってしまうことが多い。
「じゃあ、手前も手伝え。林檎の皮は剥けるようになったんだから、何かできるだろ」
 そうだ、それがいい。太宰と一緒に料理をするのも、案外楽しいかもしれない。
「分かったよ。あと30分くらいしたら、ここを頑張って出よう」
 30分か。太宰は今起きたばかりのようだ。低血圧な太宰には、そのくらいの時間は必要だろう。
「おう」
「昨晩はよく眠れたかい?」
「とっても」
 昨日は年末の掃除やらおせち料理やらで忙しく、疲れていた。夕食後、この炬燵の中でゆっくりしていたのだ。蜜柑を食べて茶を飲んで、ぼんやりテレビを見ていたら眠気が襲ってきた。太宰がここで寝るのかと聞いて、それもいいかもしれないと思って肯定の返事をしたのを覚えている。寝床ができて、太宰に起こされて炬燵に入った。それで、太宰がキスしたいと云うからキスをしたんだ。太宰とのキスは気持ちよくて、眠気も相まってそこからの記憶はぼんやりしている。
「なぁ、俺、キスしながら寝落ちしたのか?」
「いいや。でも、私がキスし終えた後、一瞬で寝ちゃったよ。とろけた顔しちゃって、幸せそうだったなぁ。なぁに? キスしたくなっちゃった?」
「……する」
 俺は自ら上に体を移動させ、太宰の枕の上に頭を置いた。枕は大きめなので、太宰が少しずれてくれれば2人分でもしっかり支えてくれる。
「あけましておめでとう、中也」
 至近距離すぎてピントが合わないが、太宰が微笑んでいるのは何となく分かった。腰に腕をまわされ抱き寄せられると、もう、唇の距離がゼロになった。横向きだと少々キスしにくい体勢ではあるが、それでも充分だ。触れるだけなのに太宰の触れ方が優しすぎて、その優しさに少しだけ泣きたくなる。俺はそんなにか弱くないはずだ。ふわふわと優しい口付けを受け止めながら、俺もその優しさを精一杯返す。体の力は抜けていくのに、口付けはなかなか止められない。ふにゃり、と体が支えられなくなった所で、やっと唇を離して弱々しく太宰を抱きしめた。
「ふふ、中也、お酒も呑んでないのにふにゃふにゃだね」
「うる、せぇ」
「少しは癒やしてあげられた?」
 照れくさくて言葉にできなかったから、俺は首を縦に振った。
「それなら良かった。もう少しだけここに居ようね。中也へにゃへにゃだし」
 太宰は満足そうに云って、俺を更に引き寄せた。


 結局炬燵を出たのは、キスをしてから30分程後になった。さて、太宰に何をやらせるか。昨年と同じで、雑煮とだし巻き卵を作ろうと思う。
「じゃあ、正月菜とかまぼこを切ってくれ。雑煮用のやつだ」
「分かったよ。どのくらいの大きさ?」
 俺は見本に二切れほど切って、太宰に提示した。
「ゆっくりでいいからな」
「分かってるって、無理はしないから。新年早々、キッチン壊すわけにもいかないし」
 俺自身は鰹節を削りながら、太宰の様子を見る。どうやら、林檎のおかげで切ることに関しては大分慣れたらしい。ゆっくりではあるものの、キッチンを破壊する心配はなさそうだ。
「はい、できたよ」
 綺麗に切られた具材を見て、俺はちょっぴり感動した。だって彼奴、林檎の皮でさえ剥けなかったんだぞ。それならステップアップしてみようかと思い、俺は次の指示を出した。
「次は、卵でも割ってみるか」
「うん。どうやって割るの?」
 卵を割ったことがないのか。それに関しては今更驚かない。
「こう、軽く打ち付けて、ヒビの間に親指を入れるようにして……。こんな感じだ」
「分かった、やってみるね」
 太宰が卵を作業台に打ち付けると、グシャっと卵が潰れた。力が強すぎたようだ。
 その後、3個程やってみたがどれも潰れてしまった。どうせ混ぜるものだから使えなくはないのだけれど。
「……太宰」
 太宰は少し落ち込んでいる様子だった。
「今年の目標、決まったね」
「そうだな」
「卵焼き、作れるようにする」
 太宰のことだから、必ずできるようになると思う。
「俺としては、太宰と料理をしたい。もっと、味付けとか色々一緒に考えたい」
 その言葉を伝えると、太宰は一瞬ぽかんとした顔をした。予想外だったようだ。
「そこまでたどり着くには時間がかかりそうだけれどいいかい? 君は、ちゃんと待ってくれる?」
「いいぜ、俺は待ってる。いつか、ふたりで弁当を作ろう」
 1年でも2年でも、太宰と一緒に居るのは飽きないだろう。ふたりで過ごしてきて、ひとりでは味わえない日常があると分かったから。道のりは長いかもしれないが、このくらいの目標があった方がいいと思った。
 料理に苦労する新年も悪くないなと思いながら、太宰と一緒にだし巻き卵を作った。今回は、太宰の好みを聞いて味付けをしてみた。いつもと味は違ったが、太宰の好みを知れて良かったと思う。完成したおせち料理や雑煮、だし巻き卵をテーブルに並べた。
「「いただきます」」
 早速だし巻き卵を口に運ぶ。いつもより甘めだ。
「美味しいね」
「あぁ。美味いな」
「中也、来年までには絶対卵焼き、できるようにするから。他にも約束したこと、いっぱいあるしさ。今年も……いや、これからもずっと、よろしく」
 太宰からこんなことを云ってくるなんて。太宰も、ふたりで過ごす時間を有意義に感じてくれたのか。そうでなければ、「これからも一緒に住みたい」だなんて云わないだろう。
「おう。よろしくな、太宰」
 かけがえのない、ふたりの日常に乾杯。どうかこれからも、平凡な日常でありますように。俺らしくないとは思ったが、そう願わずにはいられなかった。

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