6月19日*

 中原中也は任務を完了させ、ヨコハマの街をブラブラ歩いていた。今は昼時なので、次の任務が始まるまでに食事をしておきたかった。和食、中華、イタリアン……。今日は何を食べようか。そんなことを考えながら歩いていると、洋食屋から見覚えのある人々が出てきた。太宰に中島敦、泉鏡花。長髪を後ろでまとめ、眼鏡を掛けてる奴は国木田と云ったか。
「みんな、ありがとうね」
「今日は特別だからな。昼からはちゃんと働けよ、この唐変木が」
 探偵社の面々はどうやら昼食を食べた後らしい。中也の方に向かって来ていたので、中也は鉢合わせしないように路地に入った。プライベートはともかく、仕事中で用もなく会ってもただ喧嘩になるだけだからだ。少し時間を潰そうと、懐から煙草を取り出して火をつけた。
「う〜ん。どうしよっかなァ」
 太宰の声が聞こえた。サボリ癖は健在らしい。太宰という人間失格は、生きることすら最早面倒になっているのだ。そんな人間を、普通に働かせようとするのは中々に難しい。
「ちゃんと働いてくれないと困ります」
 探偵社も個性的な社員が多い印象だが、案外マトモな感覚を持ったヤツも居るらしい。
「これ、昨日焼いたクッキー」
「昨日味見したんですけど、美味しかったですよ」
 ここで中也はある事実に気付いた。「そういえば今日は太宰の誕生日だったな」と。忘れていた訳ではないのだ。ただ、何を贈ったら良いのか分からなくて、気付けば当日になっていた。中也の誕生日に、太宰はモンブランを買ってきた。ささやかではあったし、おまけに帰宅時間も遅くて中也は随分と待たされたが、その気持ちは嬉しかったのだ。だから、買うものは分からないけれども、なんでもいいから何か贈りたい気持ちは今だってある。今日は、次の任務を終えたら太宰の部屋に行く予定だ。昼食を食べたら何か買いに行こうと中也は思った。
「敦君のお墨付きかい? ありがとう。家に帰ったらゆっくり食べるね」
 太宰の優しげな声が聞こえてきた。途端にチクリと胸が痛む。何せ、あんなに優しい声を、中也は聞いたことがなかったから。中也は煙草をクシャリと吸い殻入れに捩じ込み、イライラしながら太宰たちが通り過ぎるのを待った。


「太宰、邪魔するぜ」
 予定通り任務を終えた中也は、太宰の部屋にやってきた。合鍵で解錠して部屋に入ると、既に太宰が帰宅していた。和室にある円卓で、お茶を飲んでいた。
「やぁ中也。……ってこれは?」
「誕生日プレゼントだ、勿論」
「それは分かってるよ! この大きさは何なのって聞いてるの」
 中也は重力操作で太宰への誕生日プレゼントを運んできた。それは、薔薇の花束だった。その本数、365本。
「何贈ったらいいか分からなかったンだよ」
「オマケにホールケーキも無茶苦茶大きいし」
 ホールのショートケーキのサイズはなんと8号。直径約24センチだった。
「それで、どうしてこんなことになったのさ? サイズ感を考えられない君ではないだろ?」
「う、それは……」
 流石に、勝手にヤキモチを焼いて、取り敢えず大きいものを贈りたくなってしまったとは云えなかった。
「さては中也、このクッキーのことを知ってるね?」
 太宰は外套のポケットからクッキーを取り出した。勿論、昼間に鏡花からもらったクッキーだ。
「……鏡花からもらったクッキー」
「うん、そうだよ。つまり、君は昼間私たちを見かけたわけだ」
「それがどうかしたか?」
 強がってみたものの、この流れだと太宰は全部分かっているのだろう。
「その花束の大きさだと、365本かな? ふふ、『あなたが毎日恋しい』だなんて可愛いこと云ってくれるね。ケーキは鏡花ちゃんに負けないように、目一杯大きいのを買った、と」
「やっぱり全部分かってるじゃねェか、馬鹿」
「勿論。中也からのプレゼントはとっても嬉しいよ。でもね、私が欲しいのはいつだって――」
 中也なんだよ、と太宰は甘い声で囁いた。


「ほら中也。頑張って」
「わかって、る……ンっ」
 薔薇の香りが充満する部屋の中で、太宰の上に跨り屹立を咥え、中也は必死に腰を振る。今夜は太宰の誕生日だ。太宰が中也のことを欲しいと願うのなら、中也はその願いを精一杯叶えてやりたかった。太宰とのセックスはいつも気持ちが良すぎるのだ。いくら中也に体力があろうと、そんなことお構い無しに快楽でグズグズになってしまう。今だって、精一杯太宰を締め付けて気持ち良くなって欲しいのに、体に力が入らなくなってきている。
「いやっ、だめ」
 中也はふるふると頭を振り、太宰の腹に手をつき直した。結合部からグチュグチュと水音がする。
「私のために必死な中也、可愛い♡」
「あ……っ、おっきく、すんな」
 質量が増して太宰が自らのナカを埋めていく感覚に、中也は恍惚とした。腰は必死に振るけれども、速度は落ちて来ている。パチュンパチュンと、一回一回が重みを増していく。
「だざぃ、きもち、いい?」
「とっても気持ち良いよ。さて、ご褒美あげるね」
 今まで寝ていただけの太宰が抉るように腰を突き上げると、中也の体がビクンと跳ね、太宰に向かって倒れてきた。中也が吐き出した熱い白濁を気にもせず、太宰は中也を抱きしめる。
「中也も気持ち良かったね」
 よしよしと、まだ快楽の波から戻って来れない中也の背中を撫でる。暫くして中也が落ち着くと、自らの体を起こし、そのまま中也を膝の上に座らせた。繋がったままの体勢で奥に当たる位置が変わったのか、中也は嬌声を上げた。
「折角だしケーキを食べよう。中也もこの前してくれたでしょ? あーん」
 太宰は枕元に置いてあったカット済みのケーキをフォークで掬い、中也の口元に運ぶ。大人しく中也は口を開いた。甘い甘い、ショートケーキ。その口を太宰がすぐに塞ぐ。苺の甘酸っぱさも、クリームの甘さもすぐに混ざっていった。
「あめぇ」
「もっと食べようか」
 もう一口掬ってふたりでケーキを味わう。あまいやり取りを何度かするうちに、中也の腰がゆらゆらと動き始めた。
「だざい、こっちも……」
「欲張りだなぁ。あげるけど、ケーキ食べながらね。折角だしさ」
「ぜんぶ食べろよ。おれも、ケーキも」
「勿論。言われなくとも」

 少しずつケーキを掬っては中也に食べさせ、口付け、腰を打ち付ける。最初はゆっくり、ねっとりと味わうように。次第に彼らはその異常な甘さに、いつもとは違う高揚感を見出した。
「ちゅうや、あまくておいし……♡」
「だざ……、んッ、またイきそ」
「何回でもイっていーよ、中也」
 クリームでドロドロになりながらも、深い口付けは止められない。息継ぎをしても薔薇の香りがすぐに肺を満たして、甘さを忘れることはできない。絶頂したい中也の最奥を太宰は突き、すっかり甘くなってしまった白濁を吐き出した。ドロリと腹にかかった中也の欲が、今夜はやけに甘そうに見えた。そんなはずはないのに。好奇心のままに、太宰は手で掬ってペロリと舐めてみる。
「あまい……か?」
 中也も太宰と同じことを想像したらしかった。
「なんか、甘い気がする」
「あまいのも、たまにはいいな」
「そうだね」
「明日は薔薇風呂にでも入ろうぜ」
「確かに。あんなにあるんだから、それがいい」
 社員寮の風呂より中也の家の風呂の方が雰囲気は良かったのだろうが、今更移動することなんて出来はしない。中也となら、アンバランスな雰囲気でも楽しめると太宰は思った。
「……なぁ、もう少し甘いままでいたい」
「奇遇だね、私もそういう気分だよ」
 ケーキをまたひと掬いして、中也と一緒に口付けし合って食べる。薔薇の香りも、ドロドロに溶けたクリームも、苺の甘酸っぱさも、今夜はすべて愛おしい。中也が太宰に向けた、可愛らしいやきもちがもたらした結果だから。
 あまい夜は次第に溶けて、更けていった。

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