その後、数ヶ月の準備期間を経て太宰はポートマフィアの首領になった。俺は幹部に降格した。幹部の仕事に加え太宰の補佐、もっと云うならお目付役もしている。太宰が首領になって1週間程経ったある日の朝、拠点に出勤すると太宰に呼び出された。ビルの最上階、首領の執務室に向かう。執務室の扉の前で声を掛けた。
「首領、中原です」
「入っていいよ、中也」
「失礼します」
許可を得たので室内に足を踏み入れる。そこはつい最近まで自分が使っていたというのに、部屋の主が変わるだけで雰囲気も変化していた。不思議と太宰に合っている気がする。首領になるべき人間が主だからかもしれない。
「やぁ中也、久しぶり」
探偵社員の時に着ていた服装をやめ、スーツ姿の太宰が椅子に腰掛けてヒラヒラと手を振った。太宰の服装はマフィア幹部の頃とも微妙に異なっていた。黒外套は肩に掛けるだけだったが袖に腕を通し、ボルドーのストールを首から下げている。かくいう俺も太宰に勧められて服装を変えてみた。紺色のスーツでシャツの色はボルドーだ。
「久しぶりっつってもなァ、精々2時間だろ! ったく、探偵社の社員寮を追い出されたからって何で俺の家に居るんだよ手前は!」
「いーじゃん、寂しくないように居てあげてるんだから。私と一緒に居れて嬉しいでしょ、ちゅーや♡」
「うっ……」
きっぱり否定出来ないのが悔しい。嬉しくないこともないのだ。むしろ、隣に太宰が居て、今まで感じていた孤独や寂しさが薄まった気がする。かつて夜はセックスすることが多かったが、今ではただ添い寝をする日も増えてきていた。性欲がなくなったわけではない。添い寝はただ隣に、互いが居るということを感じる為の時間なのだ。
「そんな中也にご褒美をあげる。最近、なくしたモノはないかな?」
「やっぱり手前の仕業だったか! 俺のチョーカー何処にやったんだよ?」
「そのチョーカーがこれだ」
そう云って太宰がデスクの上に置いたのは、丁度チョーカーが入りそうな小箱だった。丁寧にラッピングされている。
「これが?」
「うん。開けてもいいよ」
デスクに近付き小箱を手に取った。リボンを解き、蓋を開けるとそこには見慣れたチョーカーが入っていた。
「手前、何をしたんだ」
「まぁまぁ。よく見てみなよ」
チョーカーを手にとって観察してみると、革の端に「O to C 」と刻印が追加されていた。あの太宰が、本気で俺にプレゼントを? じんわりと胸にあたたかい何かが広がった。
「これは……」
「私の思いを形にしてみたんだ。指輪だと君は嵌めないかなと思ってさ。中也、最期まで側に居て。そして、死ぬ時は心中しよう。そしたら寂しくないから」
いつになく優しい声音で何を云うのかと聞いていれば、心中の誘いだった。
「俺は手前を首領にしちまったからな。その責任は果たさなきゃならねェ。そう簡単に死ねないと思ってるし、手前もそう簡単に死なせないからな。手前が自殺しても、また何度でも迎えに行ってやるよ」
「わぁ、なんて殺し文句。君にそう云われると、余計に自殺したくなっちゃうよ」
イニシャルの刻印が入っていた部分より更に端を見ようと摘まんでいた指をずらしてみると、他にも文字が刻印されていた。焦点を合わせて読んでみると、その内容にふつふつと怒りが湧いてきた。
「それで、『O to C』は分かった。こっちは何だ?」
俺は問題の部分が刻印された場所を指差して太宰に提示した。
「あ、それ? 読めばすぐに分かるじゃないか。『僕の犬』だよ」
「『BOKUNOINU』ってどういうことだって聞いてるんだよ糞太宰!」
イニシャルの隣には『BOKUNOINU』と刻印されていたのだ。
「君が『僕の犬』だってことはずっと変わってないよ。むしろ、今の状態は『僕の犬』に限りなく近いじゃないか! この事実を受け入れ給えよ、中也」
満面の笑みで太宰は答えた。昔から俺に対してはタダで済まない奴だったから今更か。それでも、うっかり感動してしまった俺の気持ちを返して欲しい。
「くっそ、覚えてろよ手前! 長年使ってるチョーカーこんなにしやがって」
「いいじゃない別に。余程近付かない限りその刻印は読めないし。ちょっとくらい主張させてよね」
「そもそも、手前の犬だなんて俺は認めてねェからな」
「はいはい。でも着けるんでしょ、これ。飼い主の私が着けてあげるからおいでよ」
長年身に着けてきたモノを太宰に少しどうこうされたとしても、愛着のあるそれを今更「身に着けない」という判断は出来なかった。彼奴は首領なので、みだりに逆らってはいけない。チッと悪態をつきながらデスクをはさんで向こう側に居る太宰のもとへ行き、足下に跪いた。太宰は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。犬みたいに撫でやがって、俺は犬じゃないっての。太宰が手を差し出したので俺はチョーカーを渡した。何かの儀式をするみたいに、緩慢な動作でバックルにチョーカーの端を通していく。長さをいつもの、革が柔らかくなっている辺りにしてピンが穴に通る。着け終わると太宰はチョーカーと首の隙間に下から親指以外の指を差し込み、満足そうに親指でチョーカーを撫でた。首が少し圧迫される。
「うふふ。これで本当に、私の犬だね」
太宰はうっとり目を細め、俺の首筋に口付けた。
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